手口の外で
 「若《わけ》え親方も兼公も行くにゃア及ばねえ」
 と声をかけ、無遠慮《ぶえんりょ》に腰障子を足でガラリッと押開け、どっこいと蹌《よろめ》いて入りましたのは長二でございます。結城木綿の二枚|布衣《ぬのこ》に西川縞の羽織を着て、盲縞の腹掛股引に白足袋という拵えで新しい麻裏草履を突《つッ》かけ、何所《どこ》で奢って来たか笹折《さゝおり》を提《さ》げ、微酔《ほろえい》機嫌で楊枝を使いながらズッと上って来ました様子が、平常《ふだん》と違いますから一同は恟りして、
 兼「兄い、何うしたんだ、何処へ行ってたんだ、己《おら》ア心配《しんぺい》したぜ」
 長「何処へ行こうと己《おれ》が勝手だ、心配《しんぺい》するやつが間抜だ、ゲエープウー」
 兼「やア珍らしい、兄い酔ってるな」
 長「酔おうが酔うめえが手前《てめえ》の厄介になりアしねえ、大きにお世話だ黙っていろ」
 と清兵衞の前に胡座《あぐら》をかいて坐りました。
 兼「何だか変だが、兄いが何うかしたぜ、コウ兄い……人にさん/″\心配《しんぺい》をさせておいて悪体《あくてい》を吐《つ》くとア酷《ひど》いじゃアねえか」
 長「生意気なことを吐《ぬ》かしやアがると打《たゝ》き擲《なぐ》るぞ」
 兼「何が生意気だい、兄い/\と云やア兄いぶりアがって、手前《てめえ》こそ生意気だ」
 と互に云いつのりますから、恒太郎が兼松を控えさせまして、
 恒「コウ長二、それじゃアおとなしくねえ、手前《てめえ》が居なくなったッて兼が心配《しんぺい》しているのに、悪体《あくてえ》を吐《つ》くのア宜《よ》くねえ、酔っているかア知らねえが、此処《こゝ》で其様《そん》なことをいっちゃア済むめえぜ」
 長「えゝ左様《そう》です、私《わっち》が悪かったから御免なせえ」
 恒「何も謝るには及ばねえが、聞きゃア手前《てめえ》家《うち》を仕舞ったそうだが、何処《どけ》え行く積りだ」
 長「何処《どけ》へ行こうとお前《めえ》さんの知った事《こッ》ちゃアねえ」
 と上目で恒太郎の顔を見る。血相《きっそう》が変っていて、気味が悪うございますから、恒太郎が後逡《あとじさり》をする後《うしろ》に、最前から様子を見て居りました恒太郎の嫁のお政《まさ》が、湯呑に茶をたっぷり注《つ》いで持ってまいりました。

        二十二

 政「長さん、珍しく今夜は御機嫌だねえ…
前へ 次へ
全83ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング