がお柳を組伏せて殺すのであろうと思いましたから、這寄って長二の足を引張る、長二は起上りながら幸兵衞を蹴飛《けりと》ばす、後《うしろ》からお柳が組付くを刄物で払う刀尖が小鬢《こびん》を掠《かす》ったので、お柳は驚き悲しい声を振搾《ふりしぼ》って、
柳「人殺しイ」
と遁出《にげだ》すのを、もう是までと覚悟を決めて引戻す長二の手元へ、お柳は咬付《かみつ》き、刄物を奪《と》ろうと揉合《もみあ》う中へ、踉《よろめ》きながら幸兵衞が割って入るを、お柳が気遣い、身を楯にかばいながら白刄《しらは》の光をあちらこちらと避《よ》けましたが、とうとうお柳は乳の下を深く突かれて、アッという声に、手負《ておい》ながら幸兵衛は、
幸「おのれ現在の母を殺したか」
と一生懸命に組付いて長二の鬢の毛を引掴《ひッつか》みましたが、何を申すも急所の深手、諸行無常と告渡《つげわた》る浅草寺の鐘の音《ね》を冥府《あのよ》へ苞《つと》に敢《あえ》なくも、其の儘息は絶えにけりと、芝居なれば義太夫《ちょぼ》にとって語るところです。さて幸兵衞夫婦は遂に命を落しました。其の翌日、丁度十一月十日の事でございます。回向院前の指物師清兵衛方では急ぎの仕事があって、養子の恒太郎が久次《きゅうじ》留吉《とめきち》などという三四名の職人を相手に、夜延《よなべ》仕事をしておる処へ、慌《あわ》てゝ兼松が駈込んでまいりまして、
兼「親方は宅《うち》かえ」
恒「何だ、恟《びっく》りした……兼か久しく来なかッたのう」
兼「長|兄《あにい》は来《き》やしねえか」
恒「いゝや」
兼「はてな」
恒「何うしたんだ、何《なん》か用か」
兼「聞いておくんなせえ、私《わっち》がね、六間堀の伯母が塩梅《あんべえ》がわりいので、昨日《きのう》見舞に行って泊って、先刻《さっき》帰《けえ》って見ると家《うち》が貸店《かしだな》になってるのサ、訳が分らねえから大屋さんへ行って聞いてみると、兄《あにい》が今朝早く来て、急に遠方へ行《ゆ》くことが出来たからッて、店賃を払って、家《うち》の道具や夜具蒲団は皆《みん》な兼松に遣ってくれろと云置いて、何処《どっ》かへ行ってしまったのサ、全体《ぜんてえ》何うしたんだろう」
二十
恒「そいつは大変《てえへん》だ、あの婆さんは何うした」
兼「婆さんも居ねえ」
久「それじゃア長兄と一
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