《いきなり》其の口上を云って、お辞儀も挨拶もしなかったろう」
 三「へい」
 助「それを失礼だと思ったのだろう」
 三「だって旦那寝転んでいる方が余《よっ》ぽど失礼でしょう」
 助「ムヽそれも左様《そう》だが、何《なん》か気に障った事があるんだろう」
 三「左様じゃアございません、全体馬鹿なんです」
 助「むやみに他《ひと》の事を馬鹿なんぞというものではございませんぞ」
 と丁稚を誡《いまし》めて奥に這入りましたが是まで身柄のある画工でも書家でも、呼びにやると直に来たから、高の知れた指物職人と侮《あなど》って丁稚を遣《や》ったのは悪かった、他《ほか》の職人とは異《かわ》っているとは聞いていたが、それ程まで見識のある者とは思わなんだ、今の世に珍らしい男である、御先祖様のお位牌を入れる仏壇を指させるには此の上もない職人だと見込みましたから、直に衣服を着替えて、三吉に詫言を云含めながら長二の宅へ参りました。長二は此の時出来上った書棚に気に入らぬ所があると申して、才槌《さいづち》で叩き毀《こわ》そうとするを、兼松が勿体ないと云って留めている混雑中でありますから、助七は門口に暫く控えて立聞きをして居りますと、
 長「兼公、手前《てめえ》は然《そ》ういうけれどな、拵《こせ》えた当人が拙《まず》いと思う物で銭を取るのは不親切というものだ、何家業でも不親切な了簡があった日にア、※[#「木へん+兌」、第3水準1−85−72]《うだつ》のあがる事アねえ」
 兼「それだって此のくれえの事ア素人にア分りゃアしねえ」
 長「素人に分らねえから不親切だというのだ、素人には分らねえから宜《い》いと云って拙いのを隠して売付けるのは素人の目を盗むのだから盗人《ぬすっと》も同様だ、手前《てめえ》盗人をしても銭が欲しいのか、己《おら》ア此様《こん》な職人だが卑しい事ア大嫌《でえきら》いだ」
 と丹誠を凝《こら》して造りあげた書棚をさい槌でばら/\に打毀《うちこわ》しました様子ゆえ、助七は驚きましたが、益々《ます/\》並の職人でないと感服をいたし、やがて表の障子を明けまして、
 助「御免なさい、私《わたくし》は坂倉屋助七と申す者で、少々親方にお願い申したい事があって、先刻出しました召使の者が、早呑込みで粗相を申し、相済みません、其のお詫かた/″\まいりました」
 と丁寧に申し述べましたから、流石《さすが》
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