ざいません」
と仏壇を持出しそうにする心底の潔白なのに、助七は益々感服いたしまして、
助「まア待ってください……親方……私《わし》がお前の仕事を疑ぐって、折角丹誠の仏壇を瑕物にしたのは重々わるかった、其処んところは幾重にもお詫をしますから、何卒《どうぞ》仏壇は置いて行ってください」
長「だって此様《こんな》に瑕が付いてるものは上げられねえ」
助「それが却って貴いのだ、聖堂の林様はお出入だから殿様にお願い申して、私《わし》が才槌で瑕をつけた因由《いわれ》を記《か》いて戴いて、其の書面を此の仏壇に添えて子孫に譲ろうと思いますから、親方機嫌を直して下さい」
と只管《ひたすら》に頼みますから、長二も其の考えを面白く思い、打解けて仏壇を持帰るのを見合せましたから、助七は大喜びで、無類の仏壇が出来た慶《よろこ》びの印として手間料の外に金百両を添えて出しましたが、長二は何うしてもこれを受けませんで、手間料だけ貰って帰りました。助七は直《すぐ》に林大學頭《はやしだいがくのかみ》様の邸《やしき》へ参り、殿様に右の次第を申上げますと、殿様も長二の潔白なる心底と伎倆《ぎりょう》の非凡なるに感服されましたから、直に筆を執《と》って前の始末を文章に認《したゝ》めて下さいました。其の文章は四角な文字ばかりで私《わたくし》どもには読めませんが、是も亦《また》名文で、今日《こんにち》になっては其の書物《かきもの》ばかりでも大層な価値《ねうち》があると申す事でございます。斯様に林大學頭様の折紙が付いている宝物《ほうもつ》で、私も一度拝見しましたが御維新後坂倉屋が零落《おちぶ》れまして、本所|横網《よこあみ》辺へ引込《ひっこ》みました時隣家より出た火事に仏壇も折紙も一緒に焼いてしまったそうで、如何にも残念な事でございます。それは後《のち》の話で此の仏壇の事が江戸市中の評判となり、大學頭様も感心なされて、諸大名や御旗下《おはたもと》衆へ吹聴をなされましたから、長二の名が一時に広まって、指物師の名人と云えば、あゝ不器用長二かというように名高くなりまして、諸方から夥《おびたゞ》しく注文がまいりますが、手伝の兼松は足の疵《きず》で悩み、自分も此の頃の寒気のため背中の旧疵《ふるきず》が疼《いた》み、当分仕事が出来ないと云って諸方の注文を断り、親方清兵衛に後《あと》を頼んで、文政三|辰年《たつどし》の十
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