いようだねえ」
茂「手前《てめえ》が余計なことを喋りそうにするから、己《おら》ア冷々《ひや/\》したぜ」
由「行く前に大屋さんから教わって置いたから、襤褸《ぼろ》を出さずに済んだのだ、斯ういう時は兀頭《はげ》も頼りになるねえ」
茂「それだから鰻で一杯飲ましてやったのだ」
由「鰻なぞを喰ったことが無いと見えて、串までしゃぶって居たよ」
茂「まさか」
由「本当だよ、お酒も彼様《あん》な好《い》いのを飲んだ事アないと見えて、大層酔ったようだった」
茂「己《おれ》も先刻《さっき》は甚《ひど》く酔ったが、風が寒いので悉皆《すっかり》醒《さ》めてしまった」
由「早く帰って、又一杯おやりよ」
と茂二作夫婦は世話になった礼心《れいごゝろ》で、奉行所から帰宅の途中、ある鰻屋へ立寄り、大屋|徳平《とくへい》に夕飯《ゆうめし》をふるまい、徳平に別れて下谷稲荷町の宅へ戻りましたのは夕|七時半《なゝつはん》過で、空はどんより曇って北風が寒く、今にも降出しそうな気色《けしき》でございますので、此の間から此の家の軒下を借りて、夜店を出します古道具屋と古本屋が、大きな葛籠《つゞら》を其処へ卸して、二つ三つ穴の明いた古薄縁《ふるうすべり》を前へ拡《ひろ》げましたが、代物《しろもの》を列《なら》べるのを見合せ、葛籠に腰をかけて煙草を呑みながら空を眺めて居ります。
茂「やア道具屋さんも本屋さんも御精が出ます、何だか急に寒くなって来たではありませんか」
道「お帰りですか、商売|冥利《みょうり》ですから出ては見ましたが、今にも降って来そうですから、考えているんです」
茂「こういう晩には人通りも少ないからねえ」
本「左様《そう》ですが天道干《てんとうぼし》という奴ア商いの有無《あるなし》に拘わらず、毎晩《めいばん》同《おんな》じ所《とけ》え出て定店《じょうみせ》のようにしなけりゃアいけやせんから、寒いのを辛抱して出て来たんですが、雪になっちゃア当分喰込みです」
茂「雪は後《あと》が長くわるいからね」
と立話をしておりますうち、お由が隣へ預けて置いた入口の締《しまり》の鍵を持って来て[#「来て」は底本では「来って」と誤記]、格子戸を明けましたから、茂二作は内へ入り、お由は其の足で直《すぐ》に酒屋へ行って酒を買い、貧乏徳利《びんぼうどくり》を袖に隠して戻りますと、茂二作は火種にいけて
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