す」
奉「ムヽ、柳が懐妊《かいにん》と分った月を存じて居《お》るか」
と奉行は暫らく眼《まなこ》を閉じて思案をいたされまして、
奉「由其の方はなか/\物覚えが宜いな、然らば幸兵衛が龜甲屋方へ初めてまいったのは何年の何月頃じゃか、それを覚えて居らんか」
由「はい、左様《さよう》」
と暫らく考えて居りましたが、突然《いきなり》に大きな声で、
由「思い出しました」
と奉行の顔を見上げて、
由「幸兵衛が初めてまいりましたのは、其の年の五月|絹張《きぬばり》の行灯《あんどん》が一対出来るので」
と茂二作の顔を見て、
由「それ、お前さんが桃山を呼びに行ったら、其の時幸兵衛さんが来たんだよ、御新造が美《い》い男だと云って、それ、あの」
と喋るのを茂二作が目くばせで止《とゞ》めても、お由は少しも気がつかずに、
由「別段に御祝儀をお遣んなさったのを、お前さんがソレ」
と余計なことを喋り出そうといたしますから、茂二作が気を揉んで睨《にら》めたので、お由も気が付いたと見えて、
由「へい、マア左様《そう》いうことで、それから私共《わたくしども》まで心安くなったので、其の初めは五月の二日でございます」
奉「して見ると柳の懐妊の分ったのは、寛政四年の四月で、幸兵衛が初めて龜甲屋へまいったのは同年五月二日じゃな、それに相違あるまいな」
茂「へい」
由「間違いございません」
奉「そうして其の出生《しゅっしょう》いたした小児は無事に成長致したか、何うじゃ」
由「くり/\肥《ふと》った好《い》いお坊さんでございましたが、御新造のお乳が出ませんので、八王子のお家《うち》へ頼んで里におやんなさいましたが、間も無く歿《なくな》ったそうでございます」
奉「その小児を八王子へ遣る時、誰《たれ》がまいった、親半右衛門でも連れてまいったか」
由「いゝえ、旦那様はお産があると間もなく、慥か二十日正月の日でございました、急な御用で京都へお出でになりましたから、御新造が御自分でお連れなされたのでござります」
奉「柳|一人《いちにん》ではあるまい、誰《たれ》か供をいたして参ったであろう」
由「はい、供には良人《やど》が」
奉「やどとは誰《だれ》の事じゃ」
茂「へい私《わたくし》が附いてまいりました」
奉「帰りにも其の方同道いたしたか」
茂「旦那が留守で宅《うち》が案じら
前へ
次へ
全83ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング