月見を成すっては如何《いかゞ》です、向山の玉兎庵《ぎょくとあん》てえので、御迷惑でございますか」
女「何ういたしまして、迷惑ではございませんが」
峰「由兵衞さんは大変喜んで居りますよ、坂をお手を曳いて歩くのは大変仕合せだって云って居ますが、手が硬《こわ》いと云って気を揉んで、種々《いろ/\》の物を付けて居りました」
女「御冗談ばっかり、そんなら明晩月見にお供をいたしても宜しゅうございますか」
峰「宜しいのなんて、入らっしゃい、それから四万へ入らっしゃいまし、旦那はねえ駕籠と云うが、由兵衞さんはポコ/\歩くかも知れねえ、此方《こちら》は遅れて渋川まで私の車で往って、渋川で車を一挺雇って貴方が乗って追っかけりゃア直《じき》で、一日で往《い》かれます、届けものがあれば当家《こちら》へ言付けて置けば堅《かて》え家《うち》で屹度届けます」
女「なんだかお別れ申すのが否《いや》ですから、じゃアそう云うことに願います」
峯「左様《そん》ならそうして入らっしゃいまし」
と妙な処《とこ》に幇間《おたいこ》を叩き、此方《こっち》も心淋しいから往《い》く了簡になりまして、是れから玉兎庵という料理屋へ参り、図らずも此の奥様の身の上が分ると云うお話でございます。
二十六
橋本幸三郎と岡村由兵衞は、向山の玉兎庵と申します料理屋へ参りましたが、只今では岩崎《いわさき》さんがお買入れになりまして彼処《あすこ》が御別荘になりましたが、以前《まえ》には伊香保から榛名山《はるなさん》へ参詣いたしまするに、二《ふた》ツ嶽《だけ》へ出ます新道《しんみち》が開けません時でございますから、一方道で是非彼処を参らなければなりませんが、彼処に福田屋龍藏親分が住居致して居りまして通ります人の休み処《どこ》で飴菓子を売って居ましたのが初《はじめ》で、伊香保が盛ったに付いて料理屋を始めましたが、連藏《れんぞう》と云う息子が居て、その息子が一寸《ちょっと》料理心があって胡麻豆腐と胡瓜揉《きゅうりもみ》という物が当所の名物でございます。一寸鮒か或《あるい》は鯉なぞを活洲《いけす》にいたしましたから、活きたのが食べられます。現今《たゞいま》では伊香保に西洋料理も出来ました。その玉兎庵へ参って、広間の方で橋本幸三郎が一杯やって居りますと、後《あと》から連れて来たのは隣り座敷に居ります処の御新造でございます。年が未だ二十四と云う実に品の好《よ》い別嬪でござりまする。世間を余り見ない人と見えます。お附の女中はお岩と云って四十二三でございます。是は品の好《い》い訳で、出が宜しい。旧幕の折には駿河台|胸突坂《むねつきざか》に居まして、二千五百石頂戴致した小栗上野介《おぐりこうずけのすけ》と云う人の妾の子でござりまする。この小栗と申す人は米国《あめりか》へ洋行した初めで外国奉行を兼ね御勘定奉行で飛鳥《とぶとり》を落す程の勢い、其の人の娘で、私《わたくし》どもは深い事は心得ませんが、三倉《さんのくら》で小栗様は討たれ、又市《またいち》様と云う若殿様は上州高崎へ引取られ、大音龍太郎《おおおとりゅうたろう》と云う人のため故なく越度《おちど》もなきに断罪で、あとで調べて見ると斬らぬでも宜かったそうであります。飛んだ災難でございました。それから散々《ちり/″\》になって奥方は会津に落ちて、会津から上方へ落ちて、只今駿府にお在《い》でと聞きましたが、何う成行きましたか。此のお藤《ふじ》と申す婦人は小栗様の娘で、幼年の折|久留島《くるしま》様と云うお旗下へ御養女においでなすったお方で、維新になりましてからお旗下様は御商法を始めて結構なお暮しでございましても、何処か以前のお癖がありますから、どうも御身代のお為に悪いそうでございまして、殿様育ちのお癖かお冗費《むだ》が立ちだすような事がありますから、商法なすっても思うようには儲けもないが、段々開けて来まして、皆《み》な殿様方も商法は御《ご》上手におなり遊ばしました。出が良いから品と云い応対と云い蓮葉《はすっぱ》な処《とこ》は少しもありません、落着いて居て、盃を一つ受けるにも整然《ちゃん》と正しいので、
幸「そう貴方お堅くなすってはいけません、どうか私どもはぞんざい者で、お屋敷様へお出入りをいたした者でも、町人の癖でおんもりとした事は云えないので……こんな饒舌《おしゃべり》も付いて居りますが、此の通りずぼら[#「ずぼら」に傍点]なことは云うが堅いことは云えませんから、お打解けなすって召上りまし」
由「今日《こんにち》は私は奥様の前は堅くやろうと思ったが、堅くやると云いそこない、漢語なぞを使おうとすると、時々変なことを云いますから、矢張《やっぱり》天保時代昔者でげすから、昔の言葉でなければいけません、殿様方もお戦《いくさ》に往って入らっしって命がけ
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