お臀《しり》が大きかったりするが、お隣の御新造は別で」
幸「峰公ひどかッたろう」
由「だけれども奥様のお癪を押すのは嬉しかったろう」
峰「そうさ、初めは嬉しかったが、段々ひどくなって来て、仕舞には一人で、押し切れず困りました」
由「そこへ私が後押《あとおし》で、旦那の下帯で綱ッ引《ぴき》と来たら水沢山もかるく引上げました」
幸「悪いよ、静かにしろ」

        二十三

由「何でもあれは後家|様《さん》だねえ……好《よ》い女だ」
幸「止しねえ、何だか知れるものか」
由「いゝえ後家さんだ、姿《なり》の拵えが野暮でござえます、お屋敷さんで殿様が逝去《おかくれ》になって仕舞ったので、何でも許嫁《いいなずけ》の殿様が戦争《いくさ》で討死《うちじに》をして、それから貞操《みさお》を立てるに髪を切ろうと云うのを、年が若いからお止しなさいとお附の女中がとめて、再縁をさせようと云うが、御夫人は貞操を立て、生涯尼になってと云うのでげしょう……形装《なり》も宜し、金側の時計に鎖は小さな珊瑚珠が間に這入ってゝ、それからこう頸《くび》へかける、パチンなどはこんな幅の広いので、竜が珠をこうやって居《お》る処が着いて居《い》るのは妙で」
幸「止しねえ」
由「大変に旦那に惚れて居ますぜ、初め私が話をして、彼《あ》れは東京の方だが、お家《うち》は川口町てえんで」
幸「下らねえことを云うな」
由「なにたゞ川口町と云ったので番地は云いません」
幸「番地など云ってはいかん」
由「どうも本当に品と云い人柄と云い、あんな方はないとお附の女中に云いましたら、本当に左様《そう》ですねと云って、お附の女中が横眼で見たが、これはどうも只ならんと思います」
幸「止しねえ、詰らんことを云って、聞えるぜ……峰公、止しな、覗いては悪い」
峰「覗きやアしません」
 と次の間で火鉢 火を[#「火鉢 火を」はママ]起して居た車夫の峰松は、火鉢へ火を取って湯を沸しながら耳を寄せると、此方《こちら》は癪も治まったと見えて。
岩「どんなにか恟《びっく》りいたしましたろう」
女「私は久しく起らなかったが、今日は強く起って………お湯に動ずると云うが動じたのだろうか」
岩「貴方のようにくよ/\して、斯う云う処へ入らっしゃっても頓とお宅のことをお忘れ遊ばさんからいけません、斯う云う処へ入らしったら悉皆《すっかり》お宅の事はお忘れ遊ばせ」
女「思うまいと思ってもそうは行くまいじゃないか」
岩「そうでございますが、其の替りには貴方|幾日《いくか》何十日お宅を明けて居らっしゃっても宜しいので、貴方のは気癪《きじゃく》でございますよ、それを癒《なお》さなければならないと旦那様が仰しゃって、私を附けて此処に幾日《いっか》何十日入らっしゃっても何とも御意遊ばさないじゃアありませんか、それで貴方どんな我儘を仰しゃっても、柳に受けて入らっしゃる、貴方はお仕合《しあわせ》じゃアありませんか、他家《よそ》には疳癪《かんしゃく》を起して、随分御新造様方を手込《てごみ》になさるお宅《うち》さえ有りますじゃアございませんか」
女「それは、御自分様に悪い事があるから、私へも優しく遊ばさなければお義理が悪いだろう」
岩「だけれども男は仕方がありませんよ」
女「それは男の働きで、偶《たま》に芸妓《げいしゃ》を買うか、お楽みに外妾《かこいめ》をなさるとも、何とも云やアしないけれども、旦那様ばかりは余りと思うのは、現在私の血を分けた妹《いもと》じゃアないか」
岩「それだから斯うやって長く居ても、何とも仰しゃらない、今年一杯居てもお小言は出ませんよ」
女「それは早く帰ればお邪魔になるから、たんと居ろと仰しゃるので」
岩「貴方はそうお思召《ぼしめ》すからいけません」

        二十四

岩「貴方木暮武太夫へ菊五郎《きくごろう》が湯治に来て居ります、家内を連れて来て居ります、松助《まつすけ》も連れて居《お》るそうです」
女「私は俳優《やくしゃ》は嫌い」
岩「落語家《はなしか》も来て居ります」
女「落語家は饒舌《おしゃべり》で嫌い」
岩「それでは貴方琴をお調べなさいな、どうせ借物《かりもの》で悪うございますが、何か一つお浚《さら》い遊ばせ」
女「私は厭だよ……芝居と云えば何《なん》じゃアないか、前橋へ東京の芝居が来て居るって」
岩「左様《さよう》で、慥《たし》か左團次《さだんじ》が来たそうで」
女「左團次と云えば、お隣の旦那様は左團次に能く似て居らっしゃるねえ」
岩「左様《そう》でございますよ、好男子《いいおとこ》で人柄で、そうしてお隣のお方ぐらい本当に御親切なお方はございません………そしてアノ若い気の利いた車を引く人、あんな身分に似合わぬ親切な人は有りません、まア一生懸命に汗を掻いて貴方のお癪を押してねえ、それにもう一人の方《かた
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