らねえ馴染のお方で、恩になった事もあり、それに少しハイ約束をした事もありました、それが縁でちょく/\遊びに来たのを茂之助さんが嫉妬《やきもち》をやいて、むずかしい事を言ったから話も破《ば》れて仕舞って、まア示談《はなしあい》で離縁になったのですよ、それから斯うやって夫婦になって居ると、未練らしく此の間も来て酷《ひど》い事を言って、私の髻《たぶさ》を把《と》って引摺り倒し、散々に殴《ぶ》ちましたから、私も口惜《くやし》いから了簡しませんでしたが、それは兎も角もまた茂之助さんが来て種々《いろん》な事をいうのをハイ/\と柳に受けて居《お》れば、また増長して手出しをする、そうなれば良人《うちのひと》も腹を立てゝ茂之助さんを手込《てごみ》に打擲しまいものでもない……まアあるかないか知れませんが、他人《ひと》の家《うち》へ来て、縁の切れた人が刃物三昧でもすれば聴きません、松さんも元は武士《さむらい》だから黙っては居りません、お互いに男同士で切り合って、松さんがまた茂之助さんに傷でも付けまいものでも有りませんから、それだけはお断り申して置きます」
十七
くの「はい、それが心配《しんぺえ》でござります、そんだから苦労でござりますから、斯うやって此処《こけ》え参《めえ》ったのです、どうか軽躁《かるはずみ》な事をして参《めえ》るような事がござりましたら、松五郎さんも腹も立ちましょうけれども私《わし》や年寄子供に免じて下すって、私らを可愛相と思って、そこだけ御勘弁なすって……時経ってまた意見を致す事もござりますから、何うぞお願で、お瀧さん」
と田舎|気質《かたぎ》の正直に手を突き、涙ぐんで頼むので、流石の悪婦も気の毒に思い、
瀧「まア私の一了簡にも往《ゆ》きませんから、福井町の店受《たなうけ》の処《とこ》へ往って松さんが遊んで居ますから、私は是から行って呼んで来ましょうから、松さんにお前さんが逢って頼んで下さい、ね、そうして相談ずくに致しましょう、私も気味が悪い、松さんは留守勝だから無闇な事をして刃物三昧でもされると困りますから」
くの「私《わたし》もお目にかゝって是非お頼み申しやすが、貴方《あんた》からも能くお話なすって……年寄も居りますが、私《わし》も機織奉公に参《めえ》りまして、それが縁になって嫁《かたづ》きましたのだから、誠に私《わし》が中へ這入《へえ》って困りやすから、どうかお願いで」
瀧「宜うございます、私が往って来ます……アノ明けッ放して置きますから、貴方《あんた》さん少し留守居をして下さい」
くの「はい、宜しゅうござります、お留守いたします、帰ってお茶でも上る様にお湯をかけて置きます」
瀧「じゃア私は一寸《ちょっと》往って来るから、アノ子供衆に乳でも呑まして緩《ゆっ》くりしておいでなさい」
と台所へ立って、ぶら提灯を提げて、福井町までは近い処でございますから出て往《ゆ》きました。すると秋の空の変り易く、ドードーッと一|迅《じん》吹いて来ます風が冷たい風、「夕立や風から先に濡れて来る」と云う雨気《あまけ》で、頓《やが》てポツリ/\とやッて来ました、日覆《ひよけ》になった葦簀《よしず》に雨が当るかと思ううちに、バラ/\と大粒が降って来ました。あゝ降出して来て困るだろうと思って居ると、ドーと吹込む風に灯取虫《あかりとり》でも来たか行灯《あんどう》の火を消して真暗《まっくら》になりましたから、おくのは手探りで火打箱は何処にあるかと台所へ探しに参った。其の頃はまだマッチは田舎では用いません、火口箱《ほくちばこ》を探しに参りますると、雨は益々《ます/\》烈しくドッ/\と吹降《ふきぶり》に降出して来る。赤城の方から雷鳴《かみなり》がゴロ/\雷光《いなびかり》がピカ/\その降る中へ手拭でスットコ冠《かむ》りをした奧木茂之助は、裏と表の目釘を湿《しめ》して、逆《のぼ》せ上って人を殺そうと思うので眼も暗《くら》んで居《お》る。裏手へそっと忍んで来て見ると、ピカ/\とさし込む雷光に女の姿が見えたから、お瀧が彼処《あすこ》に居《お》ると心得、現在我が女房とも知らず、引抜いた一刀を持って飛掛かった。おくのは真暗闇に人が飛掛かったから驚き、
くの「何方《どなた》か」
と云う声も雷鳴《らいめい》の烈しいので聞えません。素《もと》より逆せ上った茂之助ゆえ無慚にも我が女房おくのが負《おぶ》って居《お》る乳呑児の上から突通したから堪りません。おくのは
「アッ」
といって倒れた。茂之助は乗っかゝって、
茂「此の悪党思い知ったか」
と力に任して二ツ三ツ抉《こじ》りましたから、無慙にもおくのは、一歳《ひとつ》になるお定を負ったなり殺されました。
茂「あゝ……畜生め……あゝ能くも/\己に耻をかゝしたな、足利ばかりの耻ッかきじゃアねえぞ前橋の友達ま
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