よ」
茂「えゝ―出すも退《ひ》くも有るものか」
と打ちに掛るをやっと押え留め、
三「まア/\それでは即ち人民たるものゝ権利を蔑《ないがし》ろにすると云うものだから、先ず心を静め給え、一体当県は申すに及ばず全国一般の幸福たるをおしはかって見れば、そのエー男女《なんにょ》同権たる処の道を心得ずんば有るべからず、姑《しばら》く男女同権はなしと雖も、此事《これ》は五十|把《ぱ》百把の論で、先ず之を薪《たきゞ》と見做《みな》さんければならんよ、貴方の方に薪《たきゞ》が五十把あると松五郎殿の方には薪《まき》が一把も無《ね》えから、君が方に薪《まき》が有らば己《おら》の方へ二十把|許《ばか》り分けて貰いてえ、いや分ける事はなんねえと云う場合に於てからに、松五郎殿が其の薪《まき》を窃《ぬす》んで焚《た》くような次第と云わざるべからざる義だから、恐入り奉る訳ではない、なれど白刃《はくじん》を揮《ふ》って政府《かみ》お役人の御《ご》集会を蒙むるような事に於ては愍然《びんぜん》たる処の訳じゃア無いか、先ず即ち僕も斯う遣って爰《こゝ》へ這入った事だから、兎に角僕に預け給わんければ相成らんと心得有らずんば有るべからず」
と何んだか訳の分らん事を云いながら無理遣りに押別《おしわ》けて、お瀧、松五郎の二人を自分の宅《うち》へ連れて参りました。
十
三八郎は再び茂之助の処へ来て、段々茂之助の胸を聞いて見ると、彼奴《あいつ》には愛想が尽きたから何処までも離縁をする気だが、身請の金を取返さんければならんと云い、おたきの方では手切を遣《よこ》せというので掛合が面倒に成り、終《つい》にはお瀧の方へ遣るような都合になりましたが、其の金が有りませんから、三八郎が茂之助の親奧木佐十郎の処へ参り、
三「えゝ御免を蒙ります」
くの「おや、おいでなさいまし……お父《とっ》さま、栄町の三八さまがおいでなさいましたよ」
佐「まア、此方《これ》へ、これは好《よ》うこそ、さア何うぞ此方《こっち》へ」
三「御免なさいまし……えゝ追々気候も相当致しまして自然|暑気《あつさ》が増します事で、かるが故に御壮健の処は確《しか》と承知致し罷《まか》りあれども、存外|寸間《すんかん》を得ず自然御無沙汰に相成りました」
佐「拙者方《てまえかた》よりも誠に御無沙汰……好うこそ、さア/\もっと此方《こっち》へ……貴方はお若いに能く人の世話をなさると聞いて居りますが、誠に感心な事です」
三「いえ何う致しまして、併《しか》し貴方は何時も御壮健で」
佐「いえ最ういけません、年を老《と》ったので何も手伝いが出来ん事に成りました」
三「恐入ります、尊君さまの御令貌《ごれいぼう》の処は中々御壮健な事で……えゝおくのさん、誠に御無沙汰を致しました、此の間はまた何よりの物を戴き誠に有難う……つい離れて居りますから存じながら御無沙汰に相成ります……えゝ今日《こんにち》は少々御内談を願う義が有って態々《わざ/\》推参致したる理合と云うは内々《ない/\》の事で、何うも御尊父さまの御腹立《ごふくりゅう》の処は予《かね》て承知致し罷り有るが、実は茂之助殿の儀に就いて奈何《いかに》とも詮術《せんすべ》有る可からざる処の次第柄に至りまして、何とも申し様も有りません」
佐「えゝ彼《あれ》は魔がさして居りますから頓と宅《うち》へは寄せ附けません、子は無い昔と諦めて居りますなれども、嫁に至っては如何にも孝心な者でござって、少しも悪い顔を致さず、誠に私《わし》を真実の親のように大切《だいじ》にしてくれますから、彼《あ》んな白痴者《たわけもの》は要りません、最うおくの一人で沢山でござる、孫も追々成人しますから、田地其の他所持の財産は皆孫|等《ら》に譲り与えて奧木の相続を致させますから、貴方決して彼には構わんで下さい、金円の儀は聊《いさゝ》かたりとも御用立下さらんが宜しい、お心得のため申上げ置きます」
三「へえ……さて何うも此処に於て謝せずんば有るべからざる事件が発して、如何《いかに》とも恐入り奉ります儀で」
佐「ムー何んで、何事でござるか」
三「誠に何うも申し悪《にく》いが、何時までぐず/″\匿《かく》しても居《お》られませんから一伍一什《いちぶしじゅう》申上げる儀でござるが、実は彼《あ》の婦人の手を切るに三十円と云う訳で、段々|先方《せんぽう》へ掛合った処が、間男を為《し》た覚えはないから出る処へ出ると云うのだが、出る処へ出れば第一尊君のお名前に障り、当人の耻にも成る訳で悪い、女の方から先方《むこう》へついて三十円|遣《よこ》せと云う次第で、誠に恐入りますが三十円此の川村三八郎へ下さると思召《おぼしめし》て、御腹立《ごふくりゅう》では御座いましょうけれども願いたい」
と云われて見れば捨てゝ置けず。然《そ》うもして遣
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