ましたが、おたきの死骸は未《いま》だに知れませんかえ」
幸「まだ知れねえが、多分海へ流されて、天罰だから何処かの岸へ打揚げられ、烏に喙《つッつ》かれるぐらいの事は何うしたってなければならないよ」
と話をして居ると、唐突《だしぬけ》に一人の老爺《おやじ》が後《うしろ》の襖を開けて這入って参りまして、
老「はい御免下さい」
由「はい……おや旦那、何処かの老爺《おじい》さんが這入って来ましたよ」
老「はい御免下さい……えゝ只今隣の席で承わりましたが、何かソノ村上松五郎と申すものにお瀧と申す者が盗賊に殺されて、川へ投り込まれ、死骸が知れんとか云う事をちょっと承わりましたが、貴方がたは其の松五郎と申すものゝ行方や何か精《くわ》しく御存じの御様子で」
と問われて両人は恟《びっく》りして互に顔を見合わせ、小声にて
幸「だから無闇に喋舌《しゃべ》っちゃアいけねえてんだ、掛合《かゝりあい》に成るよ、此の事に付いて一昨年《おとゝし》大変に難儀をした者があるんだよ」
由兵衞は胸は早鐘、どぎまぎしながら此方《こちら》に向い両手を突き、
由「へえ入らっしゃいまし、私共《わたくしども》は何も知って居《お》る訳じゃアありませんが……ちょいと只今……へえ人の噂を聞きまして、ちょいとおちゃッぴい[#「おちゃッぴい」に傍点]を致しましたので、精しく知ってると云う訳じゃアありません、只人の噂を聞きましただけの事で」
老「それでも何かお瀧と云うものを尊宅《あなた》へお連れ帰りなすって、目を掛けお使いなすった処が、其の者が案外|盗賊《どろぼう》で、これこれいうお尋ね者ゆえ、あゝ云う死様《しによう》をするのも天罰だと仰しゃったが、貴方は何方《どちら》のお方さまか知りませんが、お瀧を奉公人にでもしてお使いなすった事でございましょうが、仰しゃって下さいませんと、私《わたくし》の方に些《ちっ》と困る事がありまするので、何卒《どうぞ》お隠しなさらず仰せ聞けられて下さい」
由「これは驚きましたなア……」
幸「お前は余りペラ/\喋るからいけないんだ、旅だアな、此様《こん》な処で探偵にでも捕まって調べられると日数《ひかず》がかゝるよ、四万でも二週間程余計に逗留したじゃアねえか」
由「へえ……貴方ソノ何んでげすソノ……ヘエ何んで」
幸「何を云ってるんだ」
由「実はソノ何んでげす、此の旦那が彼《あ》のお瀧という女を正直者だと思召して、田舎から東京《とうけい》へ連れて来て、少しばかり雇人《やといにん》のようにしてお使いなすって居らっしゃると、盗賊《とうぞく》が這入りまして斬殺《きりころ》され、未だに死骸が知れませんのでげすが、貴方もお掛合いてえ訳でございますか」
老「いや掛合と云う訳ではございませんが、少し調べんければならぬ事が有ると云うは、其の村上松五郎と申すものゝ事で」
由「へえ/\/\」
老「何卒《どうぞ》細かに仰せ聞けられて下さい、若《も》し隠し立をなさると何処までもお附き申して質《たゞ》さねばならん事があります」
由「へえ、これは恐れ入りましたなア旦那」
六十二
幸「お前本当に困るじゃねえか、余計な事を云うからいけねえんだ……何卒《どうぞ》御勘弁なすって」
老「いや貴方が何も私《わし》に謝る訳はないが、ちょっとお姓名《なまえ》だけを承わって置きましょうか」
幸「へえ……」
老「いやさ御姓名《ごせいめい》を一寸《ちょっと》認《と》めて置きたいから」
幸「へえ……真平《まっぴら》御免なすって」
老「何も謝る事はありませんよ、御姓名だけを」
幸「へえ、何う云う何ですか掛合なれば仕方もありませんが、私《わたくし》も彼《あれ》を正道《しょうどう》な女と存じまして、お屋敷ものが零落《おちぶ》れて斯様に難儀をして居るとはお気の毒な事だ、あゝ不憫だと思いまして、多分の金子を出して彼の身請を致し、東京へ連帰って私の妾《てかけ》にして、橋場の別荘へ置きました処が、盗賊が這入りまして斬殺《きりころ》され、いまだに死骸が知れませんので、尤も其の筋へお届けには成って居りますが、お再調《さいしら》べに成りましても当人は助かって居りますか助かって居りませんか、其処は分りませんので、へえ」
老「ムヽー貴方は何と云うお姓名《なまえ》だ」
幸「えゝ私は橋本幸三郎と申します」
老「ムー橋本幸三郎」
と手帳へ認《したゝ》め、
老「お宿所は」
幸「霊岸島河口町四十八番地で」
老「ウン……貴方は」
由「えゝ私《わたくし》……あの、ヘヽヽ私が何もソノ妾《てかけ》にしたと云う訳でも何でもないので、私は只此の旦那の家《うち》へ時々出這入って御用事を伺うだけの事でげすから、ヘヽヽ」
老「いや精《くわ》しい事を御存じだろうから、仰しゃらんなら私《わたくし》と一緒に同道していらっしゃい、御姓名ぐらい伺うのは
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