巧《うま》いもんでございますね、渋い事をさせては彼《あ》の位の役者はございませんね、他《ほか》の役者とは違いますね、むずかしい事を致しますが、実に巧いもんで」
由「えゝ堀越《ほりこし》は別でございます」
女「それに菊五郎は上手なことで、左團次さんも巧いものですが、菊五郎と左團次と一対揃って巧いものでございますね」
由「へえ彼《あれ》は中々巧いもので」
女「小團次《こだんじ》は大層役者を上げましたね、それに私は福助《しんこま》の人気の有るには本当に驚きましたよ、往来《そと》を福助《ふくすけ》が通ると私共のような者まで駈出して見る気になりますのは別で、また娘なぞに成ると実に綺麗でございますね」
由「えゝ誠に綺麗で……(小さな声で)これは延べつだ」
女「大層綺麗で人気の有ることは別でございますから、何うかして身体を快《よ》くして遣りとう存じまして、私も心配致して居りますが、何う云うものでございましょう、癒《なお》りましょうかね」
由「へえ癒るかも知れません、松本先生などがお骨折ですから癒りましょう」
女「それに家橘《かきつ》が大層渋く成りましたのに、松助《まつすけ》が大層上手に成りましたことね、それに榮之助《えいのすけ》に源之助《げんのすけ》が綺麗でございますね」
由「えゝ彼《あれ》は誠に綺麗な事で……これは堪らん、旦那少し代って下さいまし、私《わたくし》は小便に往《ゆ》きますから」
女「お手水は其方《そちら》じゃアいけません此方《こちら》でございますよ」
由「へえ種々《いろ/\》御親切に有難う存じます」
と由兵衞はこそ/\逃出しました跡で、彼《か》の女は橋本幸三郎に向いまして、
女「貴方も東京のお方で」
幸「へえ」
女「彼《あ》の方と何方《どちら》へいらっしゃいますの」
幸「私《わたくし》は足利まで参りますので」
女「おやまアお嬉しいこと私も足利へ参りますの、私は足利町五丁目の親類共に居りまする吉田屋《よしだや》のふみと云うもので、何うか些《ちっ》とお訪ね下さいまし」
幸「左様でございますか」
女「貴方は足利は何方でございます」
幸「ヘヽヽ極く外れの野暮な処へ参りますが、何《いず》れまたお訪ね申しましょう」
女「何卒《どうぞ》入らしって下さいましよ」
幸「有難うございます」
女「私は五丁目に居りますので、右側の何でございますよ、貴方は」
幸「へい栄町の変な処《とこ》を這入って桐生の方へ参る道でございますよ」
女「へえ左様でございますか」
幸「由さん早く来ておくれよ」
由「まだ話が途切れませんか、是は驚きましたな」
と云って居《お》る中《うち》に船が出ました。また寳珠鼻《ほうしゅばな》へ着くと乗込むものも有り、是から関宿《せきやど》へ着きますと荷物が這入るので余程手間がかゝり、堺へ参りますと此処にて乗替え、栗橋《くりはし》へ参り、旭《ひ》が昇って川に映り、よい景色でございます。栗橋から上州の川俣という処へ船が着きますと、かれこれ十時、宜《い》い塩梅に天気もよく皆々客は上りましたから一同大きに安心致しました。是から幸三郎由兵衞も上ることに成りますと、いゝ塩梅に彼《か》の段鼻の大年増も居なく成ったから、二人はホット息を吐《つ》きました。
六十
由「旦那何うでございました」
幸「何うも本当に驚いちまった」
由「吉川屋《よしかわや》てえ料理屋は此処でげす、昨夜《ゆうべ》彼《あ》の女にのべつに喋《しゃ》[#ルビの「しゃ」はママ]られたので私ア胸が一杯に成りました……さア這入りましょう」
下女「此方《こっち》へお掛けなさいまし……此方へお上りなさいまし」
由「何処か斯う景色の好《い》い、見晴しの有る、風通《かざとお》しの好い、しんとした、乙に賑やかな処《とこ》がありませんか」
幸「そんなむずかしい処《とこ》があるものかアね」
女「此方《こちら》へ入らっしゃいまし」
由「昨夜《ゆうべ》は些《ちっ》とも寝られませんでしたから、此処で昼寝をして顔を洗ってから、何か誂《あつら》い物を致しましょう……姉さん何が出来るかい」
女「鯉こくに玉子焼|鰌《どじょう》でがんす」
由「結構、じゃアその鯉こくに玉子焼でお酒の好いのを、と云った処《ところ》が別に好いのもあるまいが、成たけ気を附けておくれ、兎に角顔を洗って参りましょう」
女「お顔をお洗いなさるなら此方《こっち》へ入らっしゃいまし」
と下婢《おんな》の案内に従って顔を洗って参り、
幸「浴衣が湿《じめ》ついたから」
と着物を着換え、酒も飲み、御飯《ごぜん》も喫《た》べてから昼寝をしようかと思いますと、折悪《おりあしゅ》うドードッと車軸を流すばかりの強雨《おおぶり》と成りましたから立つ事が出来ません、其の中《うち》に彼《あ》の辺は筑波は近し、赤城山《あかぎさん》へも左のみ遠くありませ
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