、關善の親類でもありはしないか、鈴木屋の身寄か、士族《さむらい》さんのお嬢さんの果《はて》だろう」
 と云って居る。二度目に鰥と鯉こくが出来たというので岡持へ入れて持って来る、是から酒をつけて橋本幸三郎が此の婦人の身の上を問います、これは後《のち》に申上げます。

        三十九

 さて岡村由兵衞は頻《しき》りに幇間口《ほうかんぐち》でお酒が流行《はや》って居ります。
由「えゝ旦那唯今見た女は何うしても東京の言葉で、女は滅法好くって、旅出稼と云って湯治をしながら稼ぎに来る女は夥《いか》い事ありますが、彼《あ》の位《くれ》えなのは珍らしい女で、丁寧で口が利けねえのは余程《よっぽど》出が宜《い》いんですねえ」
幸「余程《よっぽど》品が好《い》いが、どういう身上《みじょう》か彼《あ》の位の女は沢山無い」
由「有りません、東京を立って伊香保へ来て、伊香保から此方《こちら》へ来るまでにありません、伊香保のお隣室《となり》の奥様ねえ、彼《あ》れは又品が違いますが、此方はあれよりもまだ年が往《い》かないようで、伊香保の奥様も明日《あした》来るか、又今夜来るかも知れませんよ」
幸「お前又なんとか云ったのか」
由「えゝ云ったのでげす、峰公にちゃんと話したので」
幸「お前悪いよ、此方《こっち》がお母様《っかさま》と一緒なら宜しいが、男ばかりの処へ女を呼ぶのは悪いから止しねえ、奥様然として居るが、殿様でもある者で知れでもすると悪いよ」
由「あれはもう何もございませんよ、主は無い、主なしの栄太楼《えいたろう》、彼《あ》の女は無いので」
幸「無い、だって分りゃアしめえ」
由「何んだッてお付の女中と伊香保の茶見世でお茶を売って居た村上の御新造が、お嬢様/\と申すのでしょう」
幸「あれは、お少《ちいさ》い時分に一つお屋敷に居てお乳を上げたので」
由「お乳は松でも笹巻でも此方《こっち》は構わねえ、彼《か》りゃアもう確かに亭主はありませんよ、御婚礼は済みませんが、是から追々御婚礼にもなりかゝると、其処に苦情があって、何うとか斯うとか話したと聞きました、向山の玉兎庵で申しました」
幸「だけれどもお前無理に呼んでは悪いよ」
由「悪いたって後《あと》から峰公が引張って来るので、お付の女中は忠義者でしょう、一緒に往《ゆ》きたいが、女二人であなた方と一緒に参っては、ひょっと人が訝《おか》しく思うといけませんから、後から参ると云うので、病身で時々癪が発《おこ》ると云うが、その持病を癒そう為に伊香保へ来て居たのだが、貴方に一寸《ちょっと》岡惚れでしょう、彼《あ》の新造《しんぞう》がサ」
幸「止しねえ」
由「そこは僕が心得て居ますよちゃんと認めを付けて居ます、貴方の傍《そば》に……居ると気分がいゝので、貴方のお顔を見るとお癪も紛れて居るので、くよ/\と思うが病の根で、病気だから何うかお邪魔ながらお連れ申したいと云う忠義の心から、堅い女中だけれども側に連れて来たい念が一杯あるから来ますよ」
幸「悪いよ」
由「悪いたって構やアしません、あれが来て今の別嬪が来て落合ったら面白うございましょう、だが御亭主《ごてえし》が無ければ町人だって身分が宜ければ縁付《かたづ》くという、其処は又相談ずくでねえ、もし奥様が貴方の処へ嫁に来ると云ったら何うなさるえ、それとも鯉こくを持って来る女が好うがすか」
幸「ウヽ、そんな事を云っても分りゃアしねえよ」
由「分らないたって向うが奥様で此方《こっち》は丁度|権《ごん》の方《かた》で」
幸「止しねえよ、詰らねえ事を云って、まア湯へ這入って寝ようと云うのだが、腹が北山になって草臥《くたび》れたから酔ったよ」
由「貴方を酔わしたい、貴方は酔わないと真面目でいけません、ズーと酔ったって正気になって、助平根性を出してお仕舞いなさい、旅では構やアしません」
幸「止しねえ……まア/\そんなについではいけねえよ」
由「だがねえ、唯後からくっついて来るなア可笑しいねえ」
幸「可笑しいたって悪いよ」
由「だがね真面目で一生懸命に来るので、変な事があるもので」
幸「旧《もと》お出入りをしたお屋敷の御妾腹《ごしょうふく》と云うが、けれどもお眼に懸った事もねえが、何んだかお可愛そうな様な筋合《すじあい》があるのだよ」
由「お可愛そうだって何んだか知れませんが、姑《しゅうとめ》の意地の悪い奴、叔母さんか御隠居さんかが在《あ》って、拗《ひね》った事を云って、そうお茶をつぐからいけねえの、そうお菓子を盛てはいけねえ、赤いのは上へ乗っけて又其の上へ乗っけては赤いのが染《つ》くからいかねえとか、種々《いろ/\》な事を云う奴があるので、それが種になって段々お癪になったのだから、お癪を癒そうてえので……お癪てえば今来た娘《こ》も癪持に違《ちげ》えねえ」
幸「何故」
由「なぜったって
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