極って居《い》るでがす、六十五|銭《せね》でがんす」
由「六十五|銭《せん》は高いねえ」
女「高《たけ》えたって極って居るのでがんすから、その代り楽でねえ、坂へ廻ってはハア道がハアえらいでねえ、急の坂ががんすから、此処から折田《おりた》へ出る道が極って居て楽でがんす」
由「じゃア姉《ねえ》さん、馬は暴《あ》れねえのを頼んでおくれ、いゝかえ馬に附ける物があるから、間違《まちげ》えちゃアいけねえよ……何しろ虻が大変《てえへん》で……あゝ玉子焼が出来た、おゝ真白《まっしろ》だ」
幸「白身ばかりは感心だ」
由「じア喫《や》ってみましょう………これは恐入ったね、中々柔かで仕末にいけません、姉さん、此の玉子焼は真白だねえ」
女「ヒエ」
由「玉子は沢山入れねえで豆腐が九分で……これは恐れ入ったねえ、豆腐入の玉子焼は恐れ入った、道理で真白だと思った、豆腐焼、これはないねえ、面白い、これは乙でげす、何うも閑静過ぎますねえ」
三十四
由「いゝや鰌汁の中に人参が這入って[#「這入って」は底本では「這人って」]居る、これは感心でげす、牛蒡《ごぼう》で無い処が感心で、斯ういう処が閑静……旦那何しろ旨い、貴方《あんた》駕籠の上の葡萄酒を下《おろ》しましょうか、まア此方《こっち》を飲《や》って御覧なさい、話の種で丹誠なもので、此の徳利の太さ、私が握るに骨が折れるが女中は苦もなく掴《つか》む、感心で、どうもこれは不思議で、表に馬《うま》が一杯というのは面白い、それで中はお客が只《たっ》た二人、閑静なことじゃアございませんかね……女中さん、これは驚くねえ人参が牛蒡に成りますくらい蠅がたかります、玉子焼へ群《たか》ると豆腐入が今度は胡摩入り豆腐に成ります、何うも宜うがす」
その内に、
幸「女中さんお膳をさげて勘定しておくれよ」
由「女中さん勘定、いゝかえ……旦那あんたは駕籠で私が馬で、ぶら/\お出かけは何うです、先刻|後《あと》の伊勢町という処《とこ》に二三軒|女郎屋《じょうろや》があって、いやな島田に結って、鬢《びん》のほつれ毛を掻いて、色の白いような青いような、眼の大きな、一寸《ちょっと》見ると若いようだが年を取って居りますぜ、三十二三には見えたが……女中さん伊勢町には女郎屋が何軒あるえ」
女「えゝ御座《ごぜ》えやす、もと達磨でがんす」
由「あれは二軒切りかえ」
女「へえ只一軒で、女郎《じょろう》が一人居りやんす」
由「閑静なものだね……やア勘定《かんじょ》は幾許《いくら》になるえ」
女「ヒエ、九十|銭《せね》若衆《わかいしゅ》が十二せねで、金一円二|銭《せね》になりやす」
由「申し旦那|銭々《せね/\》というのはどうも面白い……六十五せねの馬はこれかえ」
馬「はいはい」
由「コウ馬士《まご》さんどうだい、馬は暴《あ》れはせんかえ」
馬「えゝ起《た》ちもしねえが噛《く》いもしねえ」
由「起ったり噛われたりして耐《たま》るものか、大丈夫かえ」
馬「大丈夫《だえじょうぶ》で、なに牝馬《めんま》で、大概《たえげえ》往復《いきかえり》して居るから大丈夫で、ヘエ」
由「いゝかえ」
馬「さア其処《そけ》え足イ踏掛《ふんが》けちゃア馬の口が打裂《ぶっさ》けて仕舞う、踏台《ふみでえ》持って来てあげよう……尻をおッぺすぞ」
由「おッぺしちゃア危《あぶね》え、動《いご》くよ」
馬「動《いの》きやすよ活《い》きて居るから……さア貴方《あんた》確《しっか》りと、荷鞍《にぐら》へそう捉《つか》まると馬ア窮屈だから動きやすよ」
由「若衆いゝかえ大丈夫かえ、気を付けて」
馬「大丈夫《だえじょうぶ》で、此の道は馴れて居りやんすからね、もうハア一日には何返《なんかえ》りも往《い》くだからねえ、此の頃は馬ア眼《まなこ》を煩らって居るから、はっきり道が分らねえから静《しずか》にあるきやんす」
由「冗談じゃアねえ、盲目馬《めくらうま》では困るねえ」
馬「盲目でも歩くよ、此の道は一筋道だから心配はがんしねえで」
由「驚いたねえ、盲目馬の杖なし、大丈夫かねえ」
馬「大丈夫《だえじょうぶ》だが、只牛が来ると困るねえ」
由「おいおい牛が何処《どっ》から来るえ」
馬「なアに牛がねえ、米エ積んだり麁朶《そだ》ア積んだりして大概《たえげえ》信州から草津|沢渡《さわたり》あたりを引廻して、四万の方へ牽《ひ》いて行くだが、その牛が帰《けえ》って来る、牛を見ると馬てえものは馬鹿に怖がるで、崖へ駈込んだりしやす、たまげて此の間もお客さんを乗せたなりで前谷《まえだに》へ駈込みやアがった」
由「冗談云って、人間を乗せたなりで谷川へ駈込まれて耐《たま》るものか」
馬「なに貴方《あんた》、滅多にはねえ大丈夫《だえじょうぶ》だが、先月谷川へ客一人|打込《ぶちこ》んだが、あの客は何うしたか」
由「コウ冗談云っ
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