きちょう》三丁目の岡村由兵衞《おかむらよしべえ》と云う袋物商《ふくろものや》と云うと体《てい》が宜しいが、仲買をしてお出入先から何品《なにしな》をと云うと、直《じき》に宮川《みやがわ》へ駈付けるという幇間《おたいこ》半分で面白い人で、また一人は伴廻《ともまわ》り、これは渋川の車夫で、車に乗って来た処が、正直で能く働き、気の利いた男で、しまいには馴染になって、正直者だから次の間に居れ、帰途《かえり》は又乗ると云う、此方《こちら》も居得《いどく》だから小用《こよう》を達して茶をいれたり何かする。年はまだ二十八だが、車夫には似合わぬ好《よ》い男でございます。今日は昼飯を食ってから少し運動をしようとぶら/\出かけました。
二十
只今では彼処《あすこ》は変りまして湯本へ行《ゆ》きます道がつき、あれから二《ふた》ツ嶽《だけ》の方へ参る新道も出来ましたが、其の頃はそう云う処はありませんから、まず伊香保神社へ行《ゆ》くより外に道はございません。石坂を上《あが》って行《ゆ》くと二軒茶屋があります、遠眼鏡が出て居りますが曇ってゝ些《ちっ》とも見えません、却《かえ》って只見る方が見えるくらいで、ほんの景気に並んで居るのでございます。お婆さんが茶を売って居る処へ三人連で浴衣に兵子帯《へこおび》の形姿《なり》で這入ろうとすると、何を思ったか掛茶屋の方を見て、車夫の峯松が石坂をトン/\駈下りました。
幸「おい……峯公何うしたのだ、駈下りたじゃアねえか」
由「其処《そこ》まで来て駈下りましたが、何か忘れ物でもしたのでしょう、貴方がカバンを提げて居らっしゃるとキョト/\して居ます、初めて伊香保へ来たから華族さんや官員さんの奥様や、お嬢さん達の衣装が綺麗で、日に二三度も着替えて御運動だから、彼奴《あいつ》は安物買が勧業場《かんこうば》へ来たようにキョト/\して、危い石坂を駈下りたりなにかするので、今は何で行ったか分りませんが、時々能く物を買って食う男で、随分意地の穢《きたな》い男で」
幸「何しろ何処《どこ》かへ休もうじゃアねえか」
と傍《かたわら》の茶見世へ這入ると、其処に四十八九になる婦人が居ります。髪は小さい丸髷に結い、姿《なり》も堅い拵《こしら》えで柔和《おとな》しい内儀《かみ》さんでございます、尾張焼の湯呑の怪しいのへ桜を入れて汲んで出す。其のお盆は伊香保で出来ます括
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