、
くの「おやまア貴方《あんた》は何うしておいでなせえました」
茂「あい誠に面目次第も有りません」
くの「お父さまが物堅くって家《うち》へ寄せ附けないと云っても、おくのが附いて居ながら、事の済んだ暁には何とか詫言をして家へ出這入りの出来るように為《し》そうなものだ、それとも私がお父さんに悪く取做《とりな》しでもして居や為ないかと、貴方《あんた》が腹でもたてゝいやアしないかと、そればっかり心配して居やしたよ」
と云われて、流石《さすが》の茂之助もおくのの貞実に感動され、暫く泣き沈みました。
茂「アノー誠に何うも面目次第もない、もう此処が辛抱の仕処《しどころ》だから、私《わし》は一生懸命に稼いで親父に確《しか》とした辛抱の証《しょう》を見せて家《うち》へ帰る積りだが、もうあの女には懲々《こり/\》したから真面目になって夫婦仲善く可愛いゝ子の顔を見て暮そうと云う心になったよ、併《しか》し只辛抱するったって親父が中々得心しまいから、横浜へ往って、少し商売の取引の事が有るから往《い》く積りだ、これまで私は馬鹿を為《し》て拵えた借財をお前が内証《ないしょう》で払ってくれた借金の極りも附けなければならないから、是非横浜へ往きたいのだが、何うも身装《みなり》が悪いと衆人《ひと》の用いが悪いから、羽織だけは他《わき》で才覚したが、短かい脇差を一本お父さんに内証で持って来てくれねえか」
十四
くの「脇差なんぞを差さねえでも宜《い》いじゃア有りませんか」
茂「脇差を差さねえと人の用いが悪いのだから持って来てくんな」
くの「お定がこんなに大《でか》く成りやしたよ、ちょっくら抱《でえ》て遣っておくんなせえ」
茂「じゃア己が抱いて居るから持って来ておくれ」
くの「あんた、大分《でえぶ》顔の色が悪いが、詰らねえ心に成ってはいけませんよ、一人のお父さまを見送らねえ中《うち》は貴方《あんた》の身体では無《ね》えから、譬《たと》え何《ど》んなに厳《やか》ましいたって、お父さまが塩梅《あんべえ》が悪くなって、眼を引附《ひきつ》ける時に来て死水を取れば、誰が何と云っても貴方の家《うち》に極って居るから、腹の立つ事も有りましょうが、子供や私《わし》に免じて何うぞ軽躁《かるはずみ》な事を為《し》ねえようにしてお呉んなせいよ」
茂「はい/\……決して軽躁は為ない、是までは殺して仕舞おうかと
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