這入って桐生の方へ参る道でございますよ」
女「へえ左様でございますか」
幸「由さん早く来ておくれよ」
由「まだ話が途切れませんか、是は驚きましたな」
 と云って居《お》る中《うち》に船が出ました。また寳珠鼻《ほうしゅばな》へ着くと乗込むものも有り、是から関宿《せきやど》へ着きますと荷物が這入るので余程手間がかゝり、堺へ参りますと此処にて乗替え、栗橋《くりはし》へ参り、旭《ひ》が昇って川に映り、よい景色でございます。栗橋から上州の川俣という処へ船が着きますと、かれこれ十時、宜《い》い塩梅に天気もよく皆々客は上りましたから一同大きに安心致しました。是から幸三郎由兵衞も上ることに成りますと、いゝ塩梅に彼《か》の段鼻の大年増も居なく成ったから、二人はホット息を吐《つ》きました。

        六十

由「旦那何うでございました」
幸「何うも本当に驚いちまった」
由「吉川屋《よしかわや》てえ料理屋は此処でげす、昨夜《ゆうべ》彼《あ》の女にのべつに喋《しゃ》[#ルビの「しゃ」はママ]られたので私ア胸が一杯に成りました……さア這入りましょう」
下女「此方《こっち》へお掛けなさいまし……此方へお上りなさいまし」
由「何処か斯う景色の好《い》い、見晴しの有る、風通《かざとお》しの好い、しんとした、乙に賑やかな処《とこ》がありませんか」
幸「そんなむずかしい処《とこ》があるものかアね」
女「此方《こちら》へ入らっしゃいまし」
由「昨夜《ゆうべ》は些《ちっ》とも寝られませんでしたから、此処で昼寝をして顔を洗ってから、何か誂《あつら》い物を致しましょう……姉さん何が出来るかい」
女「鯉こくに玉子焼|鰌《どじょう》でがんす」
由「結構、じゃアその鯉こくに玉子焼でお酒の好いのを、と云った処《ところ》が別に好いのもあるまいが、成たけ気を附けておくれ、兎に角顔を洗って参りましょう」
女「お顔をお洗いなさるなら此方《こっち》へ入らっしゃいまし」
 と下婢《おんな》の案内に従って顔を洗って参り、
幸「浴衣が湿《じめ》ついたから」
 と着物を着換え、酒も飲み、御飯《ごぜん》も喫《た》べてから昼寝をしようかと思いますと、折悪《おりあしゅ》うドードッと車軸を流すばかりの強雨《おおぶり》と成りましたから立つ事が出来ません、其の中《うち》に彼《あ》の辺は筑波は近し、赤城山《あかぎさん》へも左のみ遠くありませ
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