。なれども慣れて上手なものでございます。下に囃子《はやし》を為《し》て居ます。弥々《いよ/\》重次郎さんが来る時には早めて囃子を致します。笛が二管、〆太皷が二挺ある切りで囃子が極って居ます、テレツク/\スッテンテン、テレツク/\スッテンテンと叩きます。重次郎さんを送って参ります時の囃子が可笑しゅうございます、唄のような節を附けて「ツークの重次郎どんがツークへ登ってヤレエーヘンヨ、テレツク/\スッテンテン」他に何も文句は云いません。処の風と云うものは妙なもので、充溢《いっぱい》の人立ちでございます。太田屋という旅宿《やどや》がございまして、其の家に泊って居りますのは橋本幸三郎に岡村由兵衞でございます。

        五十五

幸「おい何うだえ此処の祭てえのは」
由「何うも驚きやした、是は何うも実に驚きました、是程の騒ぎじゃアないと思いましたが、狭い処にしちゃア珍らしゅうございますね」
幸「僅か離れた所でも大層風俗の変ったものだね」
由「変ったって何だって何うも大変り、女が皆《み》な粉《こ》の吹いたように白粉《おしろい》を付けて、黒い足へ紺天《こんてん》の亜米利加の怪しい鼻緒のすがったのを突掛《つッか》けて何処から出て来るんだか宜《い》いね、唐縮緬《とうちりめん》の蹴出《けだし》をしめて、何うしても緋縮緬と見えない、土器色《かわらけいろ》になった、お祖母《ばあ》さんの時代に買ったのを取出してチョク/\しめるんでしょう、実に面白うげす……此の家《うち》の※[#「飮のへん+稻のつくり」、第4水準2−92−68]《あん》ころ餅が旨いから私《わたくし》は七つ食べましたら少し溜飲《りゅういん》に障《こた》えました」
幸「手塚屋は古河の在手塚村の者が出て売始め、今では上等の菓子屋に成ったてえが、今お前に御馳走だと云うのは、亀甲万の醤油蔵は何うだえ」
由「何うも大きなもんですねえ、一年に何の位造るんでしょう」
幸「大して造るてえ事だ、何でも一ヶ年に並亀甲万が七万樽以上に、上等のが七万樽で、両方で合計十四五万樽も出るてえことだなア」
由「へえ沢山の桶が並んで居ましたが、醤油蔵が二十三間あって此方《こっち》が十八間あるてえましたね」
幸「桶の高さが七尺五寸から八尺ぐらいで、彼《あ》の中へ落ちて死んだものがあると云うが、あの石を附けて絞る様子などは大したものだね」
由「へえ何うも実に驚
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