円二円札、金二百円一円札○一金側時計一個|但《たゞし》金鎖附此代金二百円○一同一個但銀鎖附此代金百円○一掛時計二個此代金五十円○一衣類二十七品此代金五百円○一|玉《ぎょく》置物一個此代金二百円○一|古銅《こどう》花瓶一個此代金百五十円、合計金高三千五百円也
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 さて右の書面を以て其の筋へ訴えましたゆえ、探偵の方が段々調べました処、後に致ってお駒の死骸が中洲《なかず》に掛って居て是が揚りました。尚厳重に調べに成りましたが、何うしても盗賊の行方が分りません。此の後明治十一年七月十日、千葉県下|下総国《しもふさのくに》野田宿《のだのしゅく》なる太田屋《おおたや》という宿屋へ泊り合せて、図らずも橋本幸三郎が奧木佐十郎と云う前申上げました足利江川村の機織屋《はたや》が、孫の布卷吉を連れて亀甲万《きっこうまん》という醤油問屋《しょうゆどいや》へ参るに出会い、敵《かたき》の手掛りを得《う》ると云うお話でございます。

        五十四

 明治十一年七月十日野田に祇園会《ぎおんえ》と云う事がございますが、豪商の居ます処ゆえ御祭礼は中々立派に出来ます。両側へずーっと地口行灯《じぐちあんどう》を掲《かゝ》げ、絹張に致して、良い画工《えかき》に種々《さま/″\》の絵を描《か》かせ、上には花傘を附けまして両側へ数十本|立列《たちつら》ね、造り花や飾物が出来ます。水菓子屋或は飴菓子団子氷水を商う店が所々《しょ/\》に出まして、中々賑やかな事でございます。近郷のものが皆参詣に出ます。鎮守は愛宕《あたご》でございます。彼地《あちら》へ往らっしったお方は御案内でいらっしゃいますが、社殿は槻《けやき》の総彫《そうぼり》で、花鳥雲竜《かちょううんりょう》が彫って極《ごく》名作でございます。是は先代の茂木佐平治《もぎさへいじ》氏《し》が建立致したのでございます。境内には松杉|銀杏《いちょう》の大樹が繁茂して余程広うございます(寳暦《ほうれき》の年号が彫ってあります)牝狗《あまいぬ》牡狗《こまいぬ》の小さいのが左右にあり、碑が立って居て、之に慥《たし》か鐵翁《てつおう》の句がございまして、句「三光《さんこう》の他は桜の花あかり」句「声かぎり啼け杜鵑《ほとゝぎす》神の森」これは先代茂木佐平治の句で、他に眞顏《まがお》の碑が建って居ります「あらそはぬ風の柳の糸にこそ堪忍袋縫ふべ
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