とで》に他《わき》へ預けたんじゃアねえ、チャンと証拠があるんだが、まア宜かったノ」
 文「ヘエ、何うも、是は何うも、昨夜《ゆうべ》は暗くって碌にお顔も見えませんでしたが、お蔭様で助かりまして有難う存じます」
 主人「其の折はまた此者《これ》が不調法な詰らん事を申し貴方に御苦労を掛けまして、何《なん》とも何《ど》うもお礼の申上げようがございません、まったくは此者が泥坊に奪られたのではございません、お屋敷へ忘れて参りましたので、此の者が宅へ帰らんうちに金子はお屋敷から届けて参りましたから、何うしたのかと案じて居りまする処へ此者が帰って参りまして、金子を出しましたから、不思議に思いまして、段々調べて見ますると、まったくは賊に奪られたと心得て、吾妻橋から身を投げようとする処へ、これ/\のお方が通ってお助けなすったという事ゆえ、取敢《とりあえ》ずお礼に出ましたが、何んとも何うも恐入りました、有難う存じます」

        九

 主人「私共《わたくしども》も随分|大火災《おおやけ》でもございますと、五十両百両と施《ほどこし》を出した事もありますが、一軒前一分か二朱にしきゃア当りませんで、それは名聞《みょうもん》、貴方は見ず知らずの者へ、おいそれと百両の金子を下すって、お助けなさるという其のお志というものは、実に尊い神様のようなお方だッて、昨夜《さくや》もね番頭と貴方のお噂を致しましたなれども、お名前が知れず、誠に心配致しておりましたが、ようやくの事で解りましたから、御返金に参りましたが、慥《たし》か此れは角海老さんとかで御拝借の財布だそうで、封金のまゝ持って参りましたから、そっくりお手許《てもと》へお返し申します。」
 長「えゝ」
 と手に取上げて考え、
 長「金子が出たんですか」
 主「ヘエ、金子は奪られは致しません、此者《これ》より先《さ》きに宅《うち》へ届いて居りましたから二重でございます」
 長「ムヽ…じゃア此の人は奪られねえのかえ、冗談じゃアねえぜ、え、おう、己《おら》アお前《めえ》のお蔭で夜《よっ》ぴて嬶《かゝあ》に責められた……旦那ア間違《まちげえ》だって程があらア」
 主人「此者も全く奪られたと思ったので、誠に何《ど》うも何《な》んともお礼の申し上げようはございませんが、金子は其の儘お受取りを願います」
 長「だがね、これを私《わっち》が貰うのは極りが悪《わり》いや一旦此の人に遣っちまったんだから取返すのは極りが悪いから、此の人に遣っちまおう、私は貧乏人で金が性《しょう》に合わねえんだ、授からねえんだろうから、此の人が店でも出す時の足《たし》にして下さえ、一旦此の人に授かった金だから、何うか遣っておくんねえ」
 主人「イエ/\どう致しまして、奪られたら戴きます、御気象は解りましたから、併し全く二重に金を私が戴く訳で」
 長「だがね、何うも……だからよ、貰って置くから宜《い》いじゃアねえか……誠にどうも旦那ア、極りが悪《わる》いけれど、私《わっち》も貧乏|世帯《じょてえ》を張ってやすから此の金はお貰《も》れえ申しやしょう」
 主人「それは誠に有難い事で、就《つ》きましては貴方のような御侠客のお方と御懇意に致していますれば、此方《こちら》の曲った心も直ろうかと存じますので、押附けた事を願って誠に恐入りますが、今日《こんにち》から親類になって下さるように、私《わたくし》は兄弟と云う者がない身の上でございますゆえ、今年からお供《そなえ》の取遣《とりや》りを致します、明日《みょうにち》あたり餅搗《もちつ》きを致しますから、直《すぐ》にお供をお届け申しますが、何《ど》うぞ幾久しく御交際を願います」
 長「冗談いっちゃアいけやせん、私《わっち》のような貧乏人が親類になろうもんなら、番ごと借りにばかり往って仕ようがねえ」
 主人「イエ/\何うか願います、それに又此の文七は親も兄弟もないもので、私《わたくし》どもへ奉公に参った翌年に親父がなくなりましたが、実に正道潔白《しょうとうけっぱく》な人間ですが、如何《いか》にも弱い方《ほう》で店でも出して遣りたいが、然《しか》るべき後見人が無ければ出して遣れんと思っておりましたが、貴方のようなお方が後見になって下されば私は直《すぐ》に暖簾《のれん》を分けて遣るつもりで、命の親という縁もございますから、親兄弟の無いものゆえ、此者《これ》を貴方の子にして遣って下さいまし、文七も願いな」
 文「何うか貴方、然《そ》うでもして下さいませんと、私《わたくし》は貴方に御恩返しの仕方がございません、不束《ふつつか》でございますが、私を貴方の子にして下されば、どんなにでも御恩返しに御孝行を尽します」
 長「ヘエ、どうも旦那ア妙ですナ、へんてこですな」
 主人「イエも何う致しまして、親子兄弟固めの献酬《さかずき
前へ 次へ
全10ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング