いまして、二人前《ふたりまえ》の仕事を致し、早くって手際が好くって、塵際《ちりぎわ》などもすっきりして、落雁肌《らくがんはだ》にむらのないように塗る左官は少ないもので、戸前口《とまえぐち》をこの人が塗れば、必ず火の這入《はい》るような事はないというので、何《ど》んな職人が蔵を拵《こしら》えましても、戸前口だけは長兵衞さんに頼むというほど腕は良いが、誠に怠惰《なまけ》ものでございます。昔は、賭博に負けると裸体《はだか》で歩いたもので、只今はお厳《やかま》しいから裸体どころか股引も脱《と》る事が出来ませんけれども、其の頃は素裸体《すっぱだか》で、赤合羽《あかがっぱ》などを着て、「昨夜《ゆうべ》はからどうもすっぱり剥《むか》れた」と自慢に為《し》ているとは馬鹿気た事でございます。今長兵衞は着物まで取られてしまい、仕方なく十一になる女の子の半纒《はんてん》を借りて着たが、余程短く、下帯の結び目が出ていますが、平気な顔をして日暮にぼんやり我家《わがや》へ帰って参り、
 長「おう今|帰《けえ》ったよ、お兼《かね》……おい何《ど》うしたんだ、真暗《まっくら》に為《し》て置いて、燈火《あかり》でも点《つ》けねえか……おい何処《どこ》へ往ってるんだ、燈火を点けやアな、おい何処……其処《そこ》にいるじゃアねえか」
 兼「あゝ此処《こゝ》にいるよ」
 長「真暗だから見えねえや、鼻ア撮《つま》まれるのも知れねえ暗《くれ》え処《とこ》にぶっ坐《つわ》ッてねえで、燈火でも点けねえ、縁起が悪《わり》いや、お燈明でも上げろ」
 兼「お燈明どこじゃアないよ、私は今帰ったばっかりだよ、深川の一の鳥居まで往って来たんだよ、何処まで往ったって知れやアしないんだよ、今朝|宅《うち》のお久が出たっきり帰らねえんだよ」
 長「エヽお久が、何処《どけ》え往ったんだ」
 兼「何処《どこ》へ往ったか解らないから方々探して歩いたが、見えねえんだよ、朝御飯を喰《た》べて出たが、それっきり居なくなってしまって、本当に心配だから方々探したが、いまだに帰《けえ》らねえから私はぼんやりして草臥《くたび》れけえって此処にいるんだアね」
 長「ナ…ナニ知れねえ、年頃の娘だ、え、おう、いくら温順《おとな》しいたってからに悪《わり》い奴にでもくっついて、え、おう、智慧え附けられて好《い》い気になって、其の男に誘われてプイと遠くへ往《い》
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