だよ」
内儀「有るたって此処にもございますもの、御覧遊ばせ此の通り……」
七「おや/\こゝにも一枚……一枚の黄金が二枚になったか知ら、これは驚いた、黄金が子を生みやアしめえ。(ポンと手を拍《う》ち)あ分った、二枚拝領したんだ、しかし一枚やろうと仰しゃって二枚出したのを嬉しまぎれに奪取《ひったく》って二枚一緒に持って来たに違いない、これは済まん、直《すぐ》に往って返して来る」
 と云いすてゝせっせと石川様へ来て見ると、お客様がお帰りになった後《あと》で。
殿「何だえ七兵衞、雪だらけになって何うしたんだ」
 七兵衞はせえ/\息を切り、
七「ハアー水ッ一杯……」
殿「これ誰か七兵衞に何《なん》かやんな、せえ/\と云っているから……今日は変だな、だまって駈出してしまって、まだ種々《いろ/\》話もあったに、何うしたえ」
七「殿様、誠にお恥かしい事でございますが、手前は何処からお招きがございましても面倒だから何処へもまいりません、あなた方の我儘を聞くのが厭だから滅多に出ません、ところが今日《こんにち》家内が米がない、米櫃を払ってお粥を炊いた、これではいかんから石川様へいらっしゃれば、屹度お歳暮を下さると云いましたので参りました」
殿「そう思って来てくれゝば嬉しいじゃアないか」
七「ところが黄金を下さいましたろう、貴方が」
殿「左様」
七「私《わたくし》は余り嬉しいから二枚一緒に奪取《ひったく》りましたものか、一枚遣ろうと仰しゃったのは慥《たし》かに覚えて居ります、それを懐に入れてせっせと駈けて行《ゆ》くと、胸がむか/\いたしますから虎ノ門の傍《わき》で反吐《へど》を吐《つ》きました」
殿「汚ないのう」
七「それから宅へ帰って懐を捜すと無い、定めてこれは反吐の中へ落したんだろうと思いまして、虎ノ門へ取《とっ》て返し、反吐の中を掻廻すと有りましたから悦んで宅へ帰ると、家内の申すには、溝板《どぶいた》の上へ黄金が落ちてたと申しましたが、大方御前のお出しになった時、二枚奪取ってまいったに違いありませんから、これはお返し申して一枚頂戴……」
殿「いや其の方には一枚しか遣りゃアしない………これに一枚ある」
七「へえ……こゝに二枚あります」
殿「一枚剥がして其方《そち》へ遣ったんだよ、これに一枚あるだろう」
七「へえ……黄金はだん/″\殖《ふえ》るかね、妙な事もあるもんですな」
殿「貴様の拾ったのは」
七「堀浚《ほりさら》[#「浚」は底本では「凌」]いの土の盛ってあるに吐《つ》いた反吐を掻廻して捜し出しましたから、再び返しにまいりましたので」
殿「どれ、見せろ」
 と手に取上げてつく/″\見られ、
殿「これは泥の中へ埋っていたものだ、金色が違っている、書いた文字が摺《す》れて分らんようになって居《お》る、大方これは堀浚[#「浚」は底本では「凌」]いの泥と一緒に出ていたを、其の方がだん/″\掻廻したので泥の中から出たんで、全く天から其の方に授かったところの宝で、図らず獲《え》たんだの」
七「へえ……それは飛んだ事をしました、彼処《あすこ》へ往って置いて来ましょうか」
殿「いや其の方の手許に置いて宜かろう、授かり物じゃ」
 と早々石川様から御家来をもちまして、書面に認《したゝ》め、此の段町奉行所へ訴えました。正直の首《こうべ》に神宿るとの譬《たとえ》で、七兵衞は図らず泥の中から一枚の黄金を獲ましたというお目出度いお話でございます。
[#地から2字上げ](拠酒井昇造速記)



底本:「圓朝全集 巻の三」近代文芸・資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年8月10日発行
底本の親本:「圓朝全集 巻の三」春陽堂
   1927(昭和2)年1月28日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号は原則としてそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼《あ》の」と「彼《あの》」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※底本中「七兵衞」と「七兵衛」が混在しますが、「七兵衞」に統一しました。
※「/″\」の誤用と思われる箇所もありますが、底本通りとしました。
入力:小林繁雄
校正:門田裕志
2003年11月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったの
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング