》うでもないようだな」
七「へえ」
殿「何だかそれじゃア分らん、迎いをやっても来てくれんから恨んでいた。今日は宜く出て来たの」
七「へえ」
殿「続いて寒いから雪催しで有るの」
七「へえ」
殿「何だえ……御覧なさい、あの通りで……これ誰か七兵衞に浪々酌をしてやれ、膳を早く……まア/\これへ……えゝ此の御方《おかた》は下谷《したや》の金田様だ、存じているか、これから御贔屓になってお屋敷へ出んければ成らん」
金田「予て噂には聞いていたが未だしみ/″\会わん、下谷辺へ来るような事があったら、身が屋敷へも寄っておくれ」
七「へえ……彼方《あちら》へは往《い》きません、面倒だから何処《どっこ》も往きません」
殿「何かぐず/″\口の内で言っているな、浪々酌をしてやれ、もう一杯やれ」
七「へえ、お酒なら否《いや》とは云いません」
殿「其の方が久しく参らん内に私《わし》は役替《やくがえ》を仰せ付けられて、上《かみ》より黄金を二枚拝領した、何うだ床間《これ》にある、悦んでくれ」
七「へえ」
と張合のない男で、お役替だと云えば御恐悦でございますとか、お目出度いぐらいの事は我々でも陳《の》べますが、七兵衞は面倒だというので、只へえへえという、誠に張合抜がいたします。
殿「何うだ見せようか」
七「見たって仕様が有りません」
殿「なれども上から拝領するは容易ならんことだよ」
七「へえ……大きなもんですな、これは幾許《いくら》ぐらいのものですな」
殿「それは何んだの相場によって違うが、大抵二十五両ぐらいの通用のものである」
七「へえ一枚二十五両ッ……これが一枚あれば家内にぐず/″\いわれる訳はないが、二枚並んでゝも他人《ひと》の宝を見たって仕方がないな」
殿「何をぐず/″\いって居《お》る、別に欲しくはないか、一枚やろうかな」
七「へゝゝゝ嘘ばっかり」
殿「なに嘘をいうものか、一枚やろう」
と御酒機嫌とは云いながら余程御贔屓と見えまして、黄金を一枚出された時に、七兵衞は正直な人ゆえ、これを貰えば嘸《さぞ》家内が悦ぶだろうと思い、押戴いて懐へ突っ込んで玄関へ飛出しました。
殿「あれ/\七兵衞が何処《どっ》かへ往《い》くぞ、誰か見てやれ」
七兵衞は委細構わずどッとゝ駈けてまいると、ちら/\雪が降り出してまいりました。どッとゝ番町今井谷を下りまして、虎ノ門を出にかゝるとお刺身にお吸物を三杯食ったので胸がむかついて耐《たま》りませんから、堀浚《ほりさら》[#「浚」は底本では「凌」]いの泥に積っている雪の上へ吐《と》しました。十分|嘔《は》いて胸が癒《なお》ったからせっせと新銭座の宅へ帰ってまいりましたので、女房は恟《びっく》りいたしました。
内儀「おや大層お早く、たま/\いらっしゃいましたから今晩はお遅かろうと思いましたが、石川様は御機嫌宜しゅうございましたか」
七「はい、お役替で」
内儀「お役替、おゝ/\それはお目出度いところへ入らっしゃいました」
七「どうもね、その、お役替で」
内儀「何うなすったの」
七「むゝゝ……じゃ」
内儀「懐を捜していらっしゃいますが、何うかお落し物ですか」
七「え……これは無い、これは無い」
内儀「何うなすったの」
七「何うしたって(金を受取り押戴き懐へ入れる真似をして考えている)」
内儀「あなた何をなすって入らっしゃいます」
七「お屋敷を駈出して、虎ノ門の堀端で屈《こゞ》んだ時に懐から辷《すべ》ったに違いない……ちょいと往って来るよ」
とまた駈出しました。
内儀「傘も差さずに貴方何処へいらっしゃいます」
七兵衞はどん/″\駈けてまいり、こゝらで嘔いたろう、と思いましたから、堀浚《ほりさら》[#「浚」は底本では「凌」]いの泥が山盛りになって居ります所を捜すと宜《よ》い塩梅《あんばい》に有りましたから、
七「あゝ有難い」
と押戴き、幸い雪で人も通らず、懐へ入れてせっせと帰ってまいり、
七「往って来たよ」
内儀「あらまア貴方何うなすったの、笠も被らないで、そゝっかしいお方じゃアありませんか、あなたは石川様で黄金を御拝領なすったの」
七「え……何うしてお前それを知ってるえ」
内儀「何うしたって貴方が、顔色を変えて懐を捜しながらお駈出しなすったので、落し物に違いないと思いまして出て見ますと、路地に小さい紙入に宜《い》い金物が打ったのが落ちてましたから開けて見ますと黄金が入っていました、何でもこれは石川様に頂戴したに違いないと思い、余り嬉しうございますから神棚へ上げて置きましたところへ、宜い塩梅に酒屋の御用が通りかゝりましたから申付けて御酒《おみき》を上げてあります、何にも包まずにお置きなさるから落ちるんで、本当に貴方は何ぼ何だってお金を粗末に遊ばすと罰《ばち》が中《あた》りますよ」
七「嘘をお吐《つ》き、黄金はこゝにちゃんと有るん
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