は兄様《あにさん》でも後《あと》ですよ」
正「兄でもからもう面目|次第《しでえ》もねえ、じゃア後で遣《や》っ付けやしょう、此様《こん》な嬉しい事アござえやせん……何でえ然《そ》う立って見やアがんな、彼方《あっち》へ行け、何だ篦棒《べらぼう》めえ己は弱虫で泣くのじゃアねえ此ん畜生……早く遣付《やっつ》けて」
山「なアに早く遣っ付けろと仰しゃっても、長く苦痛をさして緩《ゆる》りと殺すが宜《い》い」
繼「これ又市見忘れはすまい、お繼だ、よくも私のお父様《とっさま》を薪割で打殺して本堂の縁の下へ隠し、剰《あまつさ》え継母《まゝはゝ》を連れて立退《たちの》き、また其の前に私を殺そうとして追掛《おっか》けたな」
と続けて切ります。
山「さア/\照やお前も」
照「はい、兄の敵又市覚悟をしろ」
と切る。
山「さア/\今度は私に遣らしてくれ、可愛《かあい》い忰が不便《ふびん》の死を遂げたも此奴《こいつ》の為、また娘を斬殺《きりころ》したのも此奴の業《わざ》、此奴め/\」
と四つ角で鮪を屠《こな》すようで。
山「さア兄様《あにさん》だ」
正「今度《こんだ》ア私《わっし》の番だ、此ん畜生め親父を殺しやアがって此ん畜生め」
と鏝《こて》で以て竈《へっつい》の繕《つくろ》い直しをするようにさん/″\殴ってこれから立派に止《とゞ》めを刺す。其の中《うち》に諸方から人が出て捨てゝも置かれぬから、お繼と山平は直様《すぐさま》自身番へ参りまして、それより細やかに町奉行へ訴えに成りましたが、全く親の敵討と云う事が分りまして、殊に悪事を重ねましたる水司又市でございますから、別段にお咎《とがめ》も無く此の事が榊原様のお屋敷へ聞えました所から、白島山平|並《ならび》にお照は召返しの上、彼《か》のお繼は白島の家の養女になり、後《のち》に養子を致して白島の名跡《みょうせき》を立てますと云う。また左官の正太郎は白島山平の手蔓《てづる》から正道《しょうどう》の者で有ると榊原様へお抱えになり、後には立派な棟梁となり、正太郎左官と云われて、下谷茅町《したやかやちょう》の横町《よこちょう》池《いけ》の端《はた》へ出ようと云う処に、つい十一二年前まで家も残って居りました。目出たく親の仇《あだ》を討ちまして家栄えますると云う、巡礼敵討の物語は是が結局でございます。
[#地付き](拠小相英太郎速記)
底本:「圓朝全集 巻の二」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
1963(昭和38)年7月10日発行
底本の親本:「圓朝全集 巻の二」春陽堂
1927(昭和2)年12月25日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼《あ》の」と「彼《あの》」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
入力:小林繁雄
校正:松永正敏
2005年3月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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