譬《たと》えも有るから、ひょっと途中で水司又市に出遇《であ》っても一人で敵と名告《なの》って斬掛ける事は決して成らぬ、相手の水司又市は今は何《ど》の様《よう》な身の上か知れんが、何でも腕の優れた奴だに依って、決して一人で名告《なのり》掛ける事は成らぬぞ」
と予《かね》て言付けて有ります。毎日々々朝は早く巡礼の姿で家を出まして、浅草の観音へ参詣を致し、市中に立って御詠歌を唄っては報謝を受けて帰り、月夜の時には夜になっても裏の畑に莚を敷いて一生懸命に剣術の稽古を致します。すると近処《きんじょ》では不思議に思いまして、
○「あの按摩の家《うち》は余程《よっぽど》変ってるぜ、巡礼の娘を貰ったとなア、妙な者を貰やアがったなア、でも腕は余程|宜《い》いに違いない無闇に剣術を教えるんだが、それも夜中にどん/\初めやアがる、彼奴《あいつ》は余程変り者《もん》だぜ」
と云う噂が高く成りまする。丁度九月の節句の事でございましてお繼は例の通り修行に出て家《うち》に居りません。山平も別に用事が無いから、寛《くつろ》いで居《い》る所へ這入って来ましたのは、土屋様の足軽|中村久治《なかむらきゅうじ》と申す人。
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