ました、それも私の養子が得心で二人共にお屋敷を出ましたけれども、永い旅を致して宿《やど》へ着くとは、国へ残してお出でなさった御新造《ごしんぞ》やお前さん方に済まないと云って、私も神仏《かみほとけ》に心の中《うち》でお詫ばっかり致して居りました、何卒《どうぞ》堪忍してお呉んなさい、お父様を怨まずに私を悪い者と恨んでお呉んなさいまし」
太「これ山之助今更|懺悔《ざんげ》を致す訳でも無いが、余儀なく屋敷を出んければならない訳に成ったのは、武田から来た養子の重次郎と同衾《ひとつね》を致さぬと云う情《じょう》を……立てる其の間に告口《つげぐち》を致す者も有って、表向《おもてむき》になれば名跡《みょうせき》が汚《けが》れるから重次郎の情《なさけ》で旅費を貰うて家出を致したが、丁度懐妊中の子を生落《うみおと》して夏という娘を得たから、漸《ようや》く十五歳まで育って楽しみに致した所が、三年|前《あと》に信州の鳥居峠へ掛る時、悪者に出逢い、勾引《かどわか》されんとする時に、一|刀《とう》を抜いて切結んだが、向うは二人|此方《こちら》は一人、其の時受けた疵が斯のように只今でも残っている、娘は其の時|谷間《
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