に行くだから、手前長く奉公して世話に成ったから一緒に行《い》け」
嘉「敵討に行《い》くだから一緒に行《ゆ》けって、私《わし》い参《めえ》りましょう、なに死んだって構いませんよ、参りましょう」
 と田舎の人は正直で親切でございますから、本当に死ぬ了簡と見えて、藻刈鎌《もがりがま》を担《かつ》いで出掛けまする。文吉も小長《こなが》いのを一本差しまして、さっさと跡から飛出《とびだ》して余程急ぎましたが、間に合いません。山之助お繼は富川町へ駈けて参りますると、其の頃は彼処《あすこ》に土屋様の下屋敷《しもやしき》があり、此方《こちら》にはまばらに人家が有りは有りまするが、只今とは違って至って人家の少ない時分でございます。成程来て見ると茂左衞門の云った通り入口が門形《もんがたち》に成りまして、竹の打付《ぶッつけ》の開戸《ひらきど》が片方《かた/\》明いて居て、其処《そこ》に按腹揉療治《あんぷくもみりょうじ》という標札が打ってございます。是から中へ這入ると左右が少し許り畠になって、その横が生垣《いけがき》に成って居りますから、凡《およ》そ七八軒奥の方《ほう》に家が建って居まして、表の方《かた》は小さ
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