す。先《まず》一番始まりが紀州の那智、次に二番が同国紀三井寺、三番が同じく粉川寺《こがわでら》、四番が和泉の槙《まき》の尾《お》寺、五番が河内の藤井寺、六番が大和の壺坂、七番が岡寺、八番が長谷寺、九番が奈良の南円堂《なんえんどう》、十番が山城宇治の三室《みむろ》、十一番が上《かみ》の醍醐寺《だいごでら》、十二番が近江《おうみ》の岩間寺《いわまでら》、十三番が石山寺、十四番が大津の三井寺と段々|打巡《うちめぐ》りまして、三十三番美濃の谷汲《たにくみ》まで打納めまする。其の年も暮れ翌年になると、敵を捜しながら、段々と東海道筋を下って参り、旅をすること丁度足掛三年目の二月の五日に江戸へ着《ちゃく》致しましたが、是と云って外《ほか》に頼る処もございませんから、先《まず》葛西の小岩井村百姓文吉の処に兄が居りはしまいかと思って、村の入口で聞きますると、それはあの榎《えのき》のある処から曲って行《ゆ》くと、前に大きな榛《はん》の木が有るからと教えられて、其の通り参って見ると、百姓家は土間が広くしてある、その日当りの好《よ》い処に婆様《ばあさま》が何かして居りますから、
繼「御免なさいまし/\」
男「
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