へ裾《すそ》を上から挟《はさ》んで、後鉢巻《うしろはちまき》をして、本堂の裏の物置から薪割《まきわり》の柄《え》の長いのを持って来て、ぽかん/\と薪を割り始めましたが、丁度十月の十五日|小春凪《こはるなぎ》で暖かい日でございます。
七「旦那妙なことをなさるね」
永「いや庄吉は怠けていかぬから私《わし》が折々《おり/\》割るのさ、酒を飲んだ時はこなれて宜《い》いよ」
七「なるほど是れは宜《よ》うございましょう、跣足《はだし》で土を踏むと養生《くすり》だと云いますが、旦那が薪を割るのですか」
永「七兵衞さん薪炭を使わんか、檀家から持って来るが、炭は大分《だいぶ》良い炭じゃア、来て見なんせ……此方《こっちゃ》に下駄が有るぞえ」
七「何処《どこ》に下駄が」
永「それ其処《そこ》に見なさい」
七「成程これは面白い妙な形《なり》で、旦那の姿が好《い》いねえ、何うもあなた虚飾《みえ》なしに、方丈様とか旦那様とか云われる人の、薪を割るてえなア面白いや」
永「七兵衞さん、先刻《さっき》お前、私《わし》におつう云掛《いいか》けたが、お前はお梅はんと私と訝《おか》しな事でも有ると思って疑《うたぐ》って居やアせぬか」
七「旦那もし、私が疑ぐるも何もねえ、貴方が隠居なさればお梅を上切《あげき》りにしても宜《い》いので、疾《と》うに当人も其の心が有るのだから、その代りにねえ貴方」
永「おい/\私《わし》はお前《ま》はんのな女房を貰い切りにしたいと何時《いつ》頼みました」
七「頼まねえと、頼んでも宜《い》いじゃアねえか、吸涸《すいから》しではお気に入りませんかえ」
永「これ私《わし》も一箇寺《いっかじ》の住職の身の上、納所坊主とは違うぞえ、それはお前《ま》はんがお梅さんと私が訝《おか》しいと云うては、夫ある身で此の儘には捨置かれんが」
七「捨置かれんたってお前《まえ》さんも分りませんね、お梅はお前さんと何うなって居ると云うのは眼が有りますから知っては居ますが、何も苦労人の藤屋七兵衞知らねえでいる気遣いはねえのさ」
永「こりゃ私《わし》は覚えないぞ、えゝや何う有っても、そんな事をした覚えないわ」
 と大声を揚げて云うより早く、柄の長い大割《おおわり》という薪割で、七兵衞の頭上を力に任せ、ずうーんと打つと、
七「うーん」
 と云いつゝ虚空を掴《つか》んで身を顫《ふる》わしたなりで、只《たっ》た一打《ひとうち》に致しましたが、これが悪い事を致すと己《おのれ》の罪を隠そうと思うので、また悪事を重ねるのでございますから、少しの悪事も致すもので有りません。少しの悪事でも隠そうと思って又重ねる、又其の罪を隠そうと思っては悪事を次第々々に重ねて猶《なお》また悪事に陥ります。毛筋ほどでも人は悪い事は出来ませんものでございます。永禪和尚は毒喰わば皿まで舐《ねぶ》れと、死骸をごろ/\転がして、本堂の床下へ薪割で突込《つきこ》みますのは、今に奉公人が帰って来てはならぬと急いで床下へ深く突入《つきい》れました。

        十九

 お繼という七兵衞の娘は今年十三になりますが、孝心な者でございます。母親《おふくろ》が居りませんに、また父親《おやじ》が見えませんから、屹度《きっと》宗慈寺様へ行って居《い》るので有ろうと、自分も何時《いつ》も此の寺へ参りますと、和尚に物を貰って可愛がられるから度々《たび/\》参りますので、勝手を存じて居りますから、
繼「お父様《とっさん》は居りませんか、お母《っか》さんは」
 と納所部屋を捜しても居りません。すると本堂の次が開いて居りますから、其処《そこ》へ来ると草履《ぞうり》が有りますから庭へ下りまして、
繼「おや和尚様お母さんは居りませんか、お父様は」
 と屈《こゞ》んで云いましたが、女の子は能《よ》く頭《かしら》を斯《こ》う横にして下を覗《のぞ》く様にして口を利くものでございますが、永禪は只《と》見ると飛んだ処へ来た、年は往《い》かぬが怜悧《りこう》な娘、こりゃ見たなと思ったから、物をも云わず永禪和尚柄の長い薪割を振上げて追掛《おっか》けたが、人を殺そうという剣幕、何《なん》ともどうも怖いから、
繼「あれえ」
 ばた/\/\/\/\/\/\と庭を逃げる、跡を追掛けて行《ゆ》き、門の処まで追掛け、既に出ようとする時お梅が帰って来て、
梅「まア旦那何うなすったよ、みっともないよ」
永「おゝ宜《い》い処へ来た」
梅「もし何ですよ、お繼はキエ/\と云って駈けて往《ゆ》きましたが、貴方もみっともないよ跣足《はだし》でさ」
永「一寸《ちょっと》お前|此処《こゝ》へ来な……お梅はん、お繼が逃げたから最《も》う是までじゃア、詮事《しょこと》がない、さア私《わし》も最早命はない、お前も同罪じゃでなア、七兵衞さんはお前と私《わし》の間《なか》を知って五十両金の
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