まア詰らん物じゃアが一杯遣りなさい」
七「有難う……此のお座敷は今まで存じませんだったが、こんな小座敷はないと思って居りました、へえ此の頃お手入で、なるほど斯《こ》う云う処がなければ不自由でしょうね、大層お庭の様子が違いましたな」
永「あゝ彼処《あそこ》に墓場が有るから参詣人が有るで、墓参りのお方に見えぬように垣根して囲《かこ》ったので」
七「なるほど左様で、墓場から覗《のぞ》かれては困りましょうね、旦那は薬喰いと云うが、此の頃は大層|腥物《なまぐさもの》を喰《あが》りますが、腥物を食ったって坊様が縛られる訳でもないからねえ、当然《あたりまえ》で、旨い物は喰った方が宜《よ》うがすね」
永「はい実はな時々養いに喰《や》るじゃ、魚喰うたとて何も咎《とが》めはないが、仏の云うた事じゃアから喰わぬ事に斯う絶って居《お》るが、喰うたからって何も其の道に違《たご》うてえ訳ではないのよ」
七「然《そ》うでしょうね、これは然うでしょう、些《ちっ》とは精分を付けなければなりませんね、旦那今日は御馳走に成ります積りで」
永「左様ともね」
七「実は旦那お願いが有りますが、お前さんにも拝借致しましたし、その上こんな事を云っては済みませんが、包《つゝみ》を脊負《しょ》って僅《わず》か旅籠町《はたごまち》を歩いたぐらいでは何程の事も有りませんで、此の頃は萬助の世話で瞽女町《ごぜまち》へ行《ゆ》きますが、旅籠屋も有りますから些とは商いも、瞽女町だけにまア小間物は売れますが、荒物屋じゃア仕様がございません、それに今度金沢から大聖寺《たいしょうじ》山中《やまなか》の温泉の方へ商いに行きたいと思いますのさ、就《つい》ては小間物を仕込みたく存じますが、資本《もとで》が有りませんから、拝借のあるに願っては済みませんが沢山《たんと》は入りません、まア五十両有れば山中の温泉場へ行って、商いに少し利があれば金沢で物を買って来る、大きい方の商いは今までに覚えが有りますので、元|私《わたくし》はお梅も知って居ますが、奉公人の十四五人も使った身の上で、此奴《こいつ》は今は婆アですが若い中《うち》に了簡違いをして、此奴が来たからと云う訳でも有りませんが此様《こんな》に零落《れいらく》して、斯う云う処へ引込《ひっこ》み、運の悪いので、する事なす事損ばかり、誠に旦那済まねえが御贔屓|序《つい》でに五十両貸して呉《く》んなさいな」
十八
永「貸して遣《や》ろうとも、お前が資本《もとで》にするなれば貸しましょう、宜《よ》いわ、宜いが然《そ》う云う事は緩《ゆっ》くり相談しなければならん、何《ど》の様《よう》にも相談しよう……おゝ酒が無くなったが折角七兵衞さんが来てのじゃ、酒がなければ話も出来ぬ、お梅さん御苦労ながら、門前では肴《さかな》が悪いから重箱を持って瞽女町へ往《い》って、うまい肴を買って七兵衞さんに御馳走して……お前遠くも瞽女町へ往って来て呉れんか、とてもうまいものは近辺にはないからのう」
梅「じゃア往って来ましょう」
七「往って来《き》ねえ、御馳走に成るのだから……旦那え、お梅も追々《おい/\》婆アに成りましたが、あの通りの奴でね、また私も萬助より他に馴染がないので心細うございます、お梅も此方《こちら》へ上《あが》るのを楽しみにして居ります、旦那可愛がって遣って、あんな奴でも一寸《ちょっと》泥水へ這入った奴で、おつう小利口なことをいうが、人間は余り怜悧《りこう》ではないがね、もし旦那、お相手によければ差上げますぜ、だが上げる訳にもいきませんかね、私《わたくし》も苦労を腹一杯した人間ですから、旦那が私《わたし》を贔屓にして下されば、話合いで貴方《あなた》は隠居でもなすってねえ、隠居料を取って楽に出来るお身の上に成ったら、その時にゃア御不自由ならお梅は仕事に上げッ切《きり》にしても構わねえという心さ」
永「そりゃまさか他人《ひと》の女房を借りて置く訳には往《い》かんが、仕事も出来る大黒の一人も置きたいが、他見《たけん》が悪いから不自由は詮事《しょこと》がないよ」
七「もしそれはお前さんの事だから屹度《きっと》差上げますよ、それにお梅はお前さんに惚れて居りますぜ、ねえ宗慈寺の旦那様は何《ど》うも御苦労なすったお方だから違う、あれでお頭《つむり》に毛が有ったら何うだろうなんぞと云いますぜ」
永「こりゃ、その様な詰らぬ事を云うて」
七「それは女郎《じょうろ》の癖が有りますから……浮気も無理は無いのです、もう酒は有りませんか」
永「今来るが、私《わし》はねえ酒を飲むと酒こなしを為《し》なければいかぬから、腹こなしを為《す》る、お前見ておいで」
と藁草履《わらぞうり》を穿《は》いてじんじん端折《ばしょり》をして庭へ下りましたが、和尚様のじんじん端折は、丸帯《まるぐけ》の間
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