なって、重二郎の云う儘に表へ出に掛る。台所口の腰障子を開《あ》け、
重「大きに厄介になった…さア心配しなくも宜《よ》い、出なさい」
照「はい…金や長々お世話になりました」
きん「それじゃア直ぐに遠い田舎へいらっしゃいますか、親切にあゝ仰しゃって下さるから、本当に敵《かたき》を討ってお出でなさいよ」
照「誠に面目次第もございません」
重「口をきいてはいかん、さア/\」
 と二人を連れて出ると、傳助は提灯を持って路地に待って居りまして、
傳「誠に何うも宜く御勘弁なすって」
重「これ静かに致せ、両人《ふたり》を手討に致し他《た》を騒がしては宜しくないから」
傳「へい…」
重「人知れぬ処へ行って両人《りょうにん》とも討果すから袂《たもと》を押えて遁《にが》さぬように」
傳「へえ……へ宜しゅう」
重「これ提灯を腰へさせ」
傳「へい」
 と両人の袂を押えて重二郎に従って、池の端弁天通りから穴の稲荷の前へ参りますと、
重「これ/\、もう往来も途切れたな」
傳「へえー何うぞ御勘弁の出来ます事なれば願いとう、私《わたくし》は斯《こ》う云う事とは心得ませんで」
重「静《しずか》に致せ、照、山平、不埓至極な奴、予《かね》て覚悟があろう、それへ直れ」
 と云いながらすらりと長いのを抜きましたから、二人は彼《あ》アは云って出たが、是で手討にされることかと覚悟をして、両手を合わせ頸《くび》を伸ばして居る。
重「女から先《ま》ず先へ斬らなければならん、傳助広小路の方から人が来やアしないか」
傳「いゝえ」
 と覗《うかゞ》う傳助の素頭《すこうべ》を、すぽんと抜打《ぬきうち》にしましたが、傳助は好《い》い面の皮。
重「あゝいや驚かんでも宜しい、主人の事を有る事無い事|告口《つげぐち》を致す傳助、家に害をなす奴、此処《こゝ》で切殺《きりころ》せば誰《たれ》も知る者はない、試切《ためしぎり》か何かに遭《あ》ったのだろうで済んでしまう」
 と小菊の紙を出して血を拭《ぬぐ》い、鞘《さや》に納め、有合せの金子を出して、
重「多分に持参すれば宜かったが、今まで心得なかった故、ほんの持合せで二十金ある、路銀の足しにも成るまいが、是でお前が仇《あだ》を討って帰ってくれんでは、私《わし》が一生不孝者で終らんければならん、お前の家も絶えてはならん、照も実に道に背いた女と云われるもお前の心一つであるぞよ……我儘者だが何卒《どうぞ》面倒を見て下さるようにお頼み申すぞ」
山「あゝ忝《かたじけ》のうござる」
 と重二郎の心底|何《なに》とも申し様もございませんから、貰いました路銀を戴きます。
重「達者で行って参れよ」
 とちゃら/\雪駄穿《せったばき》で行《ゆ》くのを、二人は両手を合せて泣きながら見送ります。重二郎は深い了簡がある事で、其の儘屋敷へ帰りましたが、二人は何うしても仇を討たんでは帰られません。これから仇討出立に相成りますが、一寸《ちょっと》一息つきまして。

        十二

 偖《さて》お話は二《ふたつ》に分れまして、水司又市は恋の遺恨で中根善之進を討って立退《たちの》きました。本《もと》はと云えば増田屋の小増と云う別嬪からで、婦人に逢っては何《ど》んな堅い人でも騒動が出来ますもので、だがこの小増は余程勤めに掛っては能《よ》く取った女と見えて、その事を後《あと》で聞いて、
小増「彼《あ》の時私があゝ云う事をした故|斯《こ》う云う事になったのだろう、中根はんは可愛相な事をした、気の毒な」
 とくよ/\欝《ふさ》ぎまして見世を引いて居りますから、朋輩は
「くよ/\しないでお線香でも上げて、お前《ま》はんお題目の一遍もあげてお遣《や》んなはい」
 と勧められ、くよ/\して客を取る気もなく情《じょう》のある様な振《ふり》をするも外見《みえ》かは知れませんが、皆来ては悔《くや》みを云う。処が翌年になって風《ふ》と来た客は湯島《ゆしま》六丁目|藤屋七兵衞《ふじやしちべえ》と云う商人《あきゅうど》、糸紙《いとかみ》を卸《おろ》す好《よ》い身代で、その頃此の人は女房が亡《なくな》って、子供二人ありまして欝いで居るから、仲間の者が参会の崩れ
「根津へ行って遊んで御覧なさらんか、ちょうど桜時で惣門内を花魁《おいらん》の姿で八文字《はちもんじ》を踏むのはなか/\品が好く、吉原も跣足《はだし》で、美くしいから行って御覧なさい」
 と誘われて行《ゆ》くと、悪縁と云うものは妙なもので、増田屋の小増は藤屋七兵衞の敵娼《あいかた》に出る、藤屋七兵衞の年は二十九だが、品が好い男で、中根善之進に似ている処から一寸《ちょっと》初会に宜《よ》く取ったから足を近く通う気になり、女房はなし、遠慮なしに二会馴染《うらなじみ》をつけ、是から近《ちか》しく来るうち互に深くなり、もう年季は後《あと》二年と云うから、そん
前へ 次へ
全76ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング