云う」
若「へえ……楼名、えゝ増田屋《ましだや》と申します」
又「成程根津で増田屋と申すは大分名高いと聞くが、左様かえ増田屋で今の婦人は」
若「小増と申します」
又「成程増田屋で増《まし》を付けるのは榊原の家来で榊原を名乗るようなもので」
若「いえ左様な大した訳でもござりませんが」
又「国から出たてゞ何も知らぬが、何かえ揚代金《あげだいきん》は何《ど》のくらい致す、今の美人を一晩買う揚代は」
若「へい/\大概五拾|疋《ぴき》でございますが、あのお妓《こ》さんは只今売出しで、拾|匁《もんめ》で、お高いようでございますが、彼《あ》のくらいな子供|衆《しゅ》は沢山《たんと》はございませんな、へい」
又「拾匁、随分値は高いが、拾匁出して彼のくらいな美人を寝かそうと起そうと自由にするのだから、実に金銀は大切な物だのう」
若「えへ、まず兎も角もお上《あが》り遊ばしては如何」
又「だが登《あが》りもしようが、婦人を傍《そば》へ置いて唯《たゞ》寝る訳にも往《い》かんが、何か食物《しょくもつ》を取らんではならんが、酒と肴はどのくらいな値段であるか承わって置こう」
若「えへ……御存じ様でございましょう、おとぼけなすって、お小さい台は五拾疋でございます、大きい方は百疋で、中には六百文ぐらいのお廉《やす》いのもございます」
又「ふう百疋、成程よい遊女を揚げれば佳《よ》いのを取らなければならんのう、成程それでは酒は別だろうな」
若「へい召上りませんでも先《まず》一本は付けます」
又「百疋で肴は何のくらいなのが付くな」
若「へ……おとぼけでは困りますな、大概遊女屋の台の物は極《きま》って居りますが、小さい鯛が片へらなどで、付合《つけあわ》せの方が沢山でございます」
又「それは高いじゃアないか、越後の今町《いまゝち》では眼の下三尺ぐらいの鯛が六十八文で買える」
若「御冗談ばかり仰しゃいます」
又「厄介になろう」
若「有難う存じます、お揚《あが》んなさるよ」
「あいー」
とん/\/\と二階へ上《あが》ると引付座敷《ひきつけざしき》へ通しましたが、又市は黒木綿の紋付に袴を穿いた形《なり》で、張肘《はりひじ》をして坐って居ると、二階廻しが参りまして、
婆「おやお出《い》でなはい」
又「初めて、手前《てまい》水司又市と申す者、勝手を心得ぬから何分頼む」
婆「何でございますねお前さん、瓢箪《ひょうたん》を紅葉の枝へ附けてお通んなはいましたねえ、滝の川へ入《いら》っしゃったの、御様子の好《い》いことゝ云ってお噂をして居たのですよ」
又「左様か、お前は当家の家内かな」
婆「おや厭ですよ、私は二階を廻す者です」
又「なに二階を廻す、この二階を」
婆「あれさ力持じゃアございません、本当に小増さんをお名指《なざし》は苛《ひど》いじゃアございませんか」
又「何が苛い、買いたいと思ったから登《あが》ったわ」
婆「本当に外で見染めて揚るのは一ばん縁が深いと申します、本当にお堅過ぎますよ、お袴をお取りなさいよ」
と云ううちに小増が出て参りまして、引付《ひきつけ》も済んで台の物が這入《はい》りますから、一猪口《いっちょこ》遣《や》って座敷も引け、床になりましたが、素《もと》より田舎侍でありますから、小増は宵に顔を見せたばかりで振られました。
二
翌朝《よくあさ》門切《もんぎれ》にならんうちにと支度を致しまして、
又「これ/\婆ア/\」
婆「厭だよ婆アなんてさ」
と云いながら屏風を開けて、
婆「お呼びなはいましたか」
又「いや昨夜《ゆうべ》な些《ちっ》とも小増は来《こ》ぬて」
婆「誠にねどうも、流行《はやり》っ妓《こ》ですから生憎《あいにく》お馴染が落合ってさ、斯《こ》う折の悪い時は仕様がないもので、立込んでね」
又「左様かね、予《かね》て聞くが、初会は座敷切りと聞くが全く左様か」
婆「まアね然《そ》う云った様なもので有りますから」
吉原の上等の娼妓ならお座敷切りという事も有りましたが、岡場所では左様なことは有りませんが、そこが国育ちで知りませんから、成程そうかと又四五日置いて来ましたが、また振られ、又二三日置いて来たが振って/\振抜かれるが、惚《ほれ》るというものは妙なもので、小増が煙草を一ぷく吸付けてお呑みなはいと云ったり、また帰りがけに脊中《せなか》をぽんと叩いて、
小増「誠に済まねえのだよ、今度|屹度《きっと》来ておくんなはい」
と云われるのが嬉しく思いまして、しげ/\通いましたが、又市も馬鹿でない男でございますから、終《しまい》には癇癪を発《おこ》して、藤助《とうすけ》という若者《わかいもの》を呼んで居ります。
婆「藤助どん行っておくれ、小増さんも時々顔でも見せて遣《や》れば好《い》いのに、酷《ひど》く厭がるから困るよ」
又「これ/\袴を出せ」
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