義気正しい男で、役は下だが重役に優《まさ》る立派な男じゃ、他人の女房と不義致すような左様な不埓者でない」
傳「それが誠に有るので、実は昨日な証拠を拾って持って居りますが、開封致しては相済みませんが、捨置《すてお》かれませんから心配して開封いたしましたが、山平へ送る艶書を拾いました」
重「どう見せろ」
傳「何うか御立腹でございましょうが内聞のお計らいを」
重「見せろ、どれもっと提灯を上げろ」
と重二郎艶書を開《ひら》いて繰返し二度|許《ばか》り読みまして、
重「傳助」
傳「へえー」
重「少しも存ぜぬで知らぬ事であったがよく知らしてくれた」
傳「何うも恐入ります、それだから貴方様がお帰りになっても、御新造様が快よく御酒の一と口も上げませんので、何うも驚きますな」
重「この文の様子では懐妊致して居《お》るな」
傳「へえー何うも怪《け》しからん事でげすな」
重「団子屋のきんの宅に今晩逢引を致して居るな」
傳「へえ丁度今晩逢引致して居ります」
重「きんの宅を存じて居るなれば案内しろ」
傳「いらっしゃいますか」
重「己《おれ》が行《ゆ》こう」
傳「貴方いらっしゃッても内聞のお計らいを」
重「痴《たわ》けた事を云うな、武士たる者が女房を他人《ひと》に取られて刀の手前此の儘《まゝ》では済まされぬから、両人の居処《いどころ》へ踏込み一刀に切って捨て、生首を引提《ひっさ》げて御両親様へ家事不取締の申訳をいたすから案内致せ」
傳「是は何うも飛んだ事を云いました、是は何うも恐入りましたな、外様《ほかさま》なれば云いませんが、貴方様でございますから内聞に出来る事と心得て飛んだ事を申しました」
重「飛んだ事と申して捨置かれるものか、行《ゆ》け/\」
と云われ真青《まっさお》になってぶる/\顫《ふる》えて傳助地びたへ踵《かゝと》が着きませんで、ひょこ/\歩きながら案内をするうちに、団子屋のきんの宅の路地まで参りました。
重「これ/\其処《そこ》に待って居れ、町家《ちょうか》を騒がしては済まぬから」
傳「何うかお手打ちは御勘弁なすって」
重「黙れ、提灯を消してそれに控え居れ」
傳「へえー」
重二郎は傳助を路地の表に待たして、自分一人で裏口の腰障子へぼんやり灯《あかり》がさすから小声で、
重「おきんさんの宅は此方《こちら》かえ」
と云うと二階に三人で相談をして居りましたが、
きん「はい魚政《うおまさ》かえ…いゝえ此の頃出来た魚屋でございますから、器物《いれもの》が少《すけ》ないのでお刺身を持って来ると、直《すぐ》に後《あと》で甘※[#「赭のつくり/火」、第3水準1−87−52]《うまに》を入れるからお皿を返して呉れろと申して取りに来ますので」
きんは魚屋と間違えて、
きん「少し待ってお出《い》でよ」
と階子段《はしごだん》を下りて、
きん「魚政かえ、今お待ちよ」
と障子を開けて見ると、魚屋とは思いの外《ほか》重二郎が刀を引提《ひっさ》げてずうと入り、
重「これ照が二階に参って居《お》るなら一寸《ちょっと》逢わして呉れよ」
きん「いゝえ御新造様は此方《こちら》へは入《いら》っしゃいません」
重「入っしゃいませんたって参って居るに相違ない、是に駒下駄があるではないか」
きん「あのそれは先刻《さっき》あの入《いら》っしゃいまして、それはあの、雨が降って駒下駄では往《い》けないから草履《ぞうり》を貸してと仰しゃいまして」
重「馬鹿な、痴《たわ》けた事を云うな、逢わせんと云えば直《じき》に二階へ通るぞ」
きん「はーい何卒《どうぞ》真平《まっぴら》御免遊ばして、何うぞ御勘弁遊ばして、御新造様がお悪いのではございません、皆きんが悪いのでございますから何うぞ」
重「何だ袖へ縋《すが》って何う致す、放さんか、えい」
と袖を払って長い刀を引提《ひっさ》げて二階へどん/\/\/\と重二郎駈上ります。これから何う相成りますか一寸|一《ひ》と息《いき》致して。
九
引続《ひきつゞき》ましてお聴《きゝ》に入れますが、世の中に腹を立ちます程誠に人の身の害になりますものはございません。殊《こと》に此の赫《か》ッと怒《いか》りますと、毛孔《けあな》が開いて風をひくとお医者が申しますが、何《ど》う云う訳か又|極《ご》く笑うのも毒だと申します。また泣入《なきい》って倒れてしまう様に愁傷《しゅうしょう》致すのも養生に害があると申しますが、入湯《にゅうとう》致しましても鳩尾《みぞおち》まで這入って肩は濡《ぬら》してならぬ、物を喰ってから入湯してはならぬ、年中水を浴びて居るが宜《よ》いと申しますが、嫌な事を忍ぶのも、馴れるとさのみ辛いものではござりませぬ。何事も堪忍致すのは極く身の養生《くすり》、なれども堪忍の致しがたい事は女房が密夫《まおとこ》を拵《こしら》えまし
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