んよ」
山「露顕しては止むを得ない、何うしても割腹致すまでの事で」
きん「貴方は又そんな事を云って、仕様がございません、それじゃア相談の纏《まと》まり様がございません」
 と彼《あ》れの是れのと云って居りますと、折悪しく其の晩養子武田重二郎は傳助《でんすけ》と云う下男を連れて、小津軽《こつがる》の屋敷へ行って、両国を渡って帰り、御徒町《おかちまち》へ掛ると、
重「大分《だいぶ》傳助道が濘《ぬか》るのう」
傳「先程降りましたが宜《よ》い塩梅《あんばい》に帰りがけに止みました」
重「長い間|待遠《まちどお》で有ったろう」
傳「いえもう貴方お疲れでございましょう、御番退《ごばんびけ》から御用|多《おお》でいらしって、彼方此方《あちらこちら》とお歩きになって、お帰り遊ばしても直《すぐ》に御寝《おげし》なられますと宜しいが、矢張お帰りがあると、御新造《ごしんぞ》様と同じ様に御両親が話をしろなどと仰しゃると、お枕元で何か世間話を遊ばして御機嫌を取って、お帰り遊ばしても一口召上って、ゆる/\お気晴しは出来ませんで、誠に恐入りましたな」
重「何も恐入ることはない、私《わし》は仕合せだのう、幼年の時継母に育てられても継母が邪慳《じゃけん》にもしないが、気詰りであったけれど、当家へ養子に来てからは舅御《しゅうとご》が彼《あ》の通り好《よ》い方で、此の上もない仕合せで」
傳「へえ私《わたくし》は旧来奉公致しますが、旦那様も御新造様もいかつい事を云わないお方で、誠に私《わたくし》も仕合せで、実に彼《あ》アいう方でございますから、斯様《かよう》なことを申しては恐入りますが、若御新造様はすこしも御奉公遊ばさない、世間を御存じがない方でございますからな、あなたがお疲れの処へ、御両親様の御機嫌を取ってお長くいらっしゃる時には、御新造様が最《も》うお疲れだからと宜《よ》い様に云ってお居間に連れ申して、おすきな物で一杯上げる様にお気が付くと宜《よろ》しいが、余り遅くお帰りになるのが御意に入らぬのか知れませんが、つーと腹を立ったように、お帰りがあっても碌《ろく》にお言葉もかけない事がありますからな」
重「いゝや然《そ》うでない、御新造は奉公せぬに似合わぬ中々|能《よ》く心付くよ」
傳「へえ……何うも私《わたくし》も旧来奉公致しますが、あなた様には誠に何《ど》うも何《なん》とも済まぬことで、実に恐入ったことで、私は心配致しますが、だからと申して黙っていても何うせ知れますからな」
重「何を」
傳「へえー、誠に何うも恐入って申上げられませんが、実は貴方様に対して御新造様がな、何うも何う云うものか、誠に恐入りますな」
重「大分恐入るが、何《なん》だい」
傳「へえ……申し上げませんければ他《ほか》から知れますからな、却《かえ》って御家名を汚《けが》すようになりますから、御両親様も……また貴方の名義を汚す一大事な事でございますから、外《ほか》のお方様なら申上げませんが、あなた様でございますから何うか内聞に願い、そこの処は世間に知れぬうち御工夫が付きますように参りましょうかと存じますが、何うか御内聞に、何うも何とも恐れ入りまして」
重「恐れ入ってばかりではとんと何だか分らんが、他の事と違って家名に障《さわ》ると、私《わし》が身は何うでもよろしいが、中根の苗字に障っては済まぬが、何《なん》じゃか言ってくれよ、よ、傳助」

        八

傳「実は申上げようはございませんが、もう往来も途切れたから申上げますが、御新造様は誠に怪《け》しからん、密夫《みそかお》を拵《こしら》え遊ばして逢引を致しますので」
重「ふう嘘を云え、左様な嘘をつくな決して左様な事は有りません、世間の悪口《わるくち》だろうから取上げるなよ、私《わし》が来ましてから御新造は些《ちっ》とも他《ほか》へ出た事はないぞ、弁天へ参詣に行《ゆ》くにも小女が附き、決して何処《どこ》へも行った事はない」
傳「それが有るのでへえ……実に恐入りますがな、不埓至極なのはお金と申す旧来勤めて居りました団子茶屋おきん、へい彼奴《あいつ》が悪いので、へい、奉公して一つ鍋の飯を喰いました女でございますから宜《よ》く私《わたくし》は存じて居りますが、口はべら/\喋るが、彼奴が不人情で怪《け》しからん奴で、お嬢様を自分の家《うち》の二階で男と密会をさせて、幾らかしき[#「しき」に傍点]を取る、何如《いか》にも心得違いの奴で」
重「そりゃア誰《たれ》がよ、誰が左様なる事を云う、相手は何者か」
傳「相手はそれは何《ど》うも、白島山平と云う彼《あ》の下役の山平で、私《わたくし》も外《ほか》の方なら云いませんが貴方様だから、お舅御様《しゅうとごさま》のお耳にはいらぬ様にお計らいが附こうと思って申しますが、何うも恐入ります」
重「嘘を云え、白島山平は
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