少女に討たれるくらいの事だから、最早どうせ其の方助かりはしない、さア汝も武士だから隠さず善之進を討ったら討ったと云え、云わぬ時に於ては五分試《ごぶだめ》しにしても云わせる、さア云わんか」
と面《おもて》を土に摺付《すりつ》けられ苦しいから、
又「手前殺したに相違ござらん」
と云うのが漸《やっ》と云えた。
山「繼、予《かね》て一人で手出しをしては成らぬと云って置いたが、お前一人で此奴《こいつ》を宜く討ったな」
繼「はい此処《こゝ》においでなさいますお方様が、私が転びまして、もう殺されるばかりの処へ助太刀をなすって下すったので、何卒《どうぞ》此のお方様にお父様《とっさま》お礼を仰しゃって」
山「うん此のお方が……何うもまあ」
宰取「はアまことに何うもお芽出度《めでと》うございます、なに私《わっち》は側に立っていて見兼たもんですから、ぽかり一つ極《きめ》ると、驚いて逃げる所を又|打殴《ぶんなぐ》ったんだか、まア宜《い》い塩梅《あんばい》で……お前さんは此の方のお父《とっ》さんで」
山「えゝ何うも恐入りました、只今は然《そ》ういうお身形《みなり》だが、前々《まえ/\》は然《しか》るべきお身の上のお方と存じます、左もなくて腕がなければ中々又市を一|撃《うち》にお打ちなさる事は出来ぬ事でな、えゝ御尊名は何と仰しゃるか必ず然るべきお方でございましょう」
宰取「うーん、なに私《わっち》は弥次馬で」
山「矢島様と仰しゃいますか」
宰取「うん、なに矢島様じゃアねえ、只|私《わっち》は見兼たからぽかり極めたので……お前さん親の敵だって親が在《あ》るじゃアねえか」
山「いやこれは手前養女でござる、実父は湯島六丁目の糸問屋《いとどいや》藤屋七兵衞と申す、その親が討たれた故に親の敵と申すので、只今では手前の娘に致して居ります」
宰取「えゝ藤屋七兵衞、おい、それじゃア何か、妹のお繼か」
繼「あれまア何うも、お前は兄《にい》さんの正太郎さんでございますか」
六十三
正「おゝ正太郎だ……何うも大きくなりやアがった此畜生《こんちきしょう》、親父《ちゃん》は殺されたか……えゝなに高岡で、然《そ》うか、己《おら》ア九才《こゝのつ》の時別れてしまったから、顔も碌《ろく》そっぽう覚えやしねえくれえだから、手前《てめえ》は猶覚えやアしねえが、己《おれ》が此処《こゝ》へ仕事に来ていると前《めえ》へ転んだから、真《ほん》の弥次馬に殴ったのが、丁度|親父《おやじ》を殺した奴を打殴《ぶんなぐ》ると云うなア是が本当に仏様の引合せで、敵討をするてえのは……何う云う訳なんです」
山「訳を申せば長いことでござる、予《かね》て噂に聞《きゝ》ましたがお前が正太郎|様《さん》で、葛西の文吉殿の方《かた》に御厄介に成っていらしった」
正「え……彼《あ》れは叔父で……お繼、何か小岩井のお婆さんの処《とけ》え行きてえから、お婆さんに己《おれ》の詫言《わびごと》して呉んねえ、父《ちゃん》の敵を討つ助太刀をしたと云う廉《かど》で詫言をして呉んねえ、己《おら》アもう腹一抔|借尽《かりつく》して、婆さんも愛想《あいそ》が尽きて寄せ附けねえと云うので、己《おれ》も行ける義理は無《ね》えからなア、土浦へ行って燻《くす》ぶって居たが、その中《うち》に瘡《かさ》は吹出す、帰《けえ》る事も出来ず、それからまア漸《やっ》との事《こっ》て因幡町《いなばちょう》の棟梁の処《とけ》え転がり込んだが、一人前《いちにんめえ》出来た仕事も身体が利かねえから宰取をして、今日始めて手伝《てつでえ》に出て、然《そ》うして妹に遇《あ》うと云うなア不思議だ、こりゃア神様のお引合せに違《ちげ》え無《ね》え、何うも大きく成りやアがったなア此畜生《こんちきしょう》、幼《ちい》せえ時分別れて知れやアしねえ、本当に藤屋の娘か、おい立って見や……これをお前《めえ》さんのとこの子にしたのか……一廻り廻れ」
などと云う。
山「誠に是れは思掛けないことで、何うもその死んだ七兵衞殿のお引合せと仰しゃるは御尤もなこと、実は私《わし》の忰山之助と申す者と三年前から巡礼を致して、長い間旅寝の憂苦労《うきくろう》を重ね、漸《ようや》く今日|仇《あだ》を討ちましたが、山之助は先達《せんだっ》て仔細有って亡なりました、それ故に手前忰の嫁故引取り娘に致して、手前が剣術を仕込みまして、何うやら斯うやら小太刀の持ち様も覚える次第、まことに思掛けないことで、葛西の文吉様にもお世話に成りましたから、手前同道致してお詫言に参りましょうが、まア兎も角も敵の……えゝ人が立って成らぬなア」
正「私《わっち》が一太刀」
山「いや、お前はお兄様《あにいさん》でも初太刀《しょたち》は成りません、お繼は七年このかた親の仇を討ちたいと心に掛けましたから、お繼が初太刀で、お前
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