たにあい》へ落ちて到頭其の儘に相果てたから、私《わし》も此のお照も実に一|月許《つきばかり》の間は愁傷して、泣いてばかり居って、終《つい》には眼病と相成ったから、致方《いたしかた》なく按摩に成って揉療治《もみりょうじ》を覚え、迚《とて》も生涯世に出る事は出来ぬと心得て居った所が、追々眼病も快く成って段々見える様に相成ったから同じ死ぬなら故郷懐かしく、此の江戸へ立帰って、富川町に昨年世帯を持ち、相変らず按摩を致して居《お》る内に、よう/\の事で眼病も癒《いえ》るような事なれども、揉療治を致すような身の上に成ったから、若《も》し屋敷の者に見られては相成らぬと思うて、屋敷近くへ参る事も出来ず、如何《いかゞ》致そうかと照も心配致して、又々|旅立《たびだち》を致そうか、但《たゞ》しは謝《あや》まって信州の親族の処へ参ろうかと思って居った所で有るが、一人の娘を谷間へ落して殺したのも是も皆|罰《ばち》で、両人《ふたり》の者へ歎《なげ》きを掛けるような事が身に報《むく》ったのだ、今また其の方を我手《わがて》で殺すとはあーア飛んだ事、是も皆天の罰《ばち》、こりゃア頭髪《かしら》を剃毀《そりこぼ》って罪滅ぼしを致さんければ世に居《お》られぬ」
照「誠に御尤もでございます」
山「お父様《とっさま》え、貴方も水司又市を捜す身の上と仰しゃいましたが、何故《なぜ》あなたは水司又市に似た様な名をお附け遊ばした」
太「手前は何も存ぜんが、お祖父様《じいさま》は元信州の者で、故《ゆえ》有って越後高田に近き山家《やまが》へ奉公住みを致して居《い》ると、或日《あるひ》榊原公が山猟《やまがり》にお出《いで》遊ばして、鳥を追って段々山の奥に入《い》り、道に迷って御難儀の処へお祖父様が通り掛って、御案内をして城中へお帰りに成ったから、うい奴と仰しゃって先君《せんくん》がお取立に成った、是が私《わし》の先祖で、其の時は白島|太一《たいち》という名前で有ったが、山を平らに歩かせたという所から山平という名を下すった、それ故先君から頂戴の名を大切に心得て名を汚《けが》すな/\という遺言が有ったなれども、私は実に家名を汚す不孝不義の山平ゆえ、先代が頂戴の名を附けて居ては成らぬと云うので、信州水内郡の水と白島村の島の字を取って苗字《みょうじ》に致し、これに父の旧名太一を名告《なの》って水島太一と致したが、今と成って見ると此の水島太一という姓名を附けなければ斯の様な間違いも有るまい、是も皆若い時分からの罪で斯う成るのであろう、あゝあ恐るべき事である、これ忰手前なア何うかして助けたいが、実は迚《とて》も助からぬ事と存じて居ろうが、後々《あと/\》の事には心を残さず往生致せ、縁有って手前の家内に成って居《い》るお繼という此の娘は私が引取って剣術を仕込み、手前の為には姉の敵に当る水司又市を捜して屹度《きっと》敵を討たせるから、心を残さず往生致せよ」
山「はい/\/\有難う/\、逢いたい/\と思うお父様《とっさま》にお目に懸り、お父様のお手に懸って死にますれば何も心を残す事はございません、これお繼少しの間でも御厄介になった伯父さんやお婆さんに何卒《どうぞ》宜しくお前云ってお呉れよ」
繼「はい山之助さん確《しっ》かりして下さいよ、お前さんが死ねば私は此の世に生きて居《お》られません」
と山之助に取縋《とりすが》って泣きまするから、堪《こら》え兼《かね》てお照も泣伏します。水島太一も膝の上に手を置くと、はら/\/\と膝へ涙が落ちる。すると台所の方から大きな声で
「御免なせえまし」
五十八
太「何だえ」
文「へえ/\真平御免を蒙ります」
太「何うも恟《びっく》りする、誰だえ」
文「私《わし》は此処《こゝ》にいるお繼の実の伯父で百姓文吉と申します、私は今日|他処《よそ》へ行って先刻《さっき》家《うち》へ帰ると、敵討に行ったと云いますから、家の男を連れて駈けて参《めえ》りましたが様子が知んない、其処《そこ》らで聞くと此家《こゝ》だと云うから、済まぬようだが窃《そ》っと這入って、裏へ廻って様子を聞いて居りますと、人違いだ/\と云う声がするから、はてと思って聞いて居りましたが、間違いとは云いながら、少《ちい》さい時分に別れたお前様の子、それを貴方《あんた》が知らないとは云いながらはア斬って殺すと云うは、若い時分の罪だと懺悔《ざんげ》する其の心持《こゝろもち》を考えますと、我慢しようと思いましたがつい泣いたでがんす、何うも飛んだ間違いに成りました、これ嘉十、もう鎌なんざアぶっ放《ぽ》ってしまえ」
太「何うもお恥かしい事がお耳に入って面目次第もございません」
文「何うか助かり様が有りましょうか」
太「迚《とて》も助かりますまいとは存じますが、此の辺に生憎《あいにく》療治を致す者もござらぬ
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