います」
太「そりゃア人違いと分れば手当もして遣ろうが、油断は出来ませぬ、ひょッとして又、何うもなア……全く人違いであろう」
山「はい」
太「左様か」
山「お年と云い、額の疵と云い、榊原の家来で水司又市様と仰しゃいましたから、同じお名前故に取違えましたのでございます」
太「やア是ははや是ははや、私《わし》は水司又市じゃアない、私は水島太一郎《みずしまたいちろう》という者だが、按摩に成ってからは太一と申すが、其方《そち》は水司又市を敵と狙《ねら》うのか」
山「はい」
太「やアそれは気の毒千万な事を致した、うん、うん、姉の敵で、彼《あ》の者には親の敵だと、未だ年も行《ゆ》かんで親の敵姉の敵を討とうと云う其の志ある壮者《わかもの》を、怪我させまいと背打《むねうち》にする心得だったが、困った事を致したな、是《こり》ゃア不便《ふびん》な事を致した、手が機《はず》んだから、余程|深傷《ふかで》のようだ、まア/\/\待て」
と彼《か》の按摩取太一が山之助の傷を見ると、果して余程深く切込みました。
太「こりゃア機みも機んだので、迚《とて》も助かりそうは無い……まアこれ表の鎖鑰《かけがね》を掛けろ、誰《たれ》も這入っては来《こ》まいが、若《も》し来ては成らぬから締りをして参れ、これ誠に気の毒な事だけれども、私《わし》も刃物で切込まれるから、已《や》むを得ず気の毒ながらも深傷《ふかで》を負わしたが、一体何う云う仔細でまア水司又市を敵と探す者か、此方《こちら》は手負《ておい》で居るからせつない、これ娘お前泣かずに訳を云え」
繼「はい/\、私は越中の高岡大工町の藤屋七兵衞の娘繼と申しまする者でございますが、七年|前《あと》に私の継母《まゝはゝ》と、つい前の宗慈寺と申す真言寺の永禪と申しまする和尚と不義をして、然《そ》うして親共を薪割で殺して二人で逃げました、私は丁度十二の時で、何うぞ敵を討ちたいと心に掛けまして、三年|前《あと》に高岡を出まして、巡礼を致して敵の行方を捜しました所が、更に心当りもなく、つい先達《せんだっ》て江戸へ出て参りました、参って伯父の処に厄介になって居りまする中《うち》に、この深川富川町に水司又市という人が有って、元は榊原様の家来で家敷《やしき》を出て、一|度《たび》頭髪《あたま》を剃り、又|還俗《げんぞく》して按摩をして居る水司又市と聞きました故、親の敵という一心で此方《こちら》へ斬込みましたのでございます」
太「成程お前の為には親の敵だ、またこれは姉の敵だと云ったな」
山「はい/\」
と手負《ておい》に成りました山之助が、漸《ようよ》うに血に染った手を突いて首を擡《もた》げましたが、
山「はア旦那様誠に申訳もございません、私は其の永禪と申しまする者が還俗して、また元の水司又市と申します者が、此のお繼の一旦親に成りましたお梅と申す者を尼の姿に扮《やつ》して、私の宅に泊り合せ、私の姉に恋慕を云い掛けました所が、姉が云う事を聞かぬと云うので到頭姉を殺して逃げましたのが水司又市でございます、それから私は姉の敵を討ちたいと心に掛けまして、此のお繼と二人三年越し巡礼に成って西国三十三番の札所を巡りまして、漸々《よう/\》の事で今日《こんにち》只今敵に逢いましたと存じまして、是へ参って承わりましても、貴方のお年は四十一歳、額に疵が有って元は榊原の家来水司又市と仰しゃいます故に善々《よく/\》お顔も見ずに踏込んで斬掛けました不調法の段は幾重にもお詫を致します」
太「うん二人は兄弟か」
山「えゝ是は只今は私の女房でございます」
太「うん左様か、うん是は何うも誠に気の毒千万、えん、うん水司又市あーア何うも彼奴《あいつ》は兇悪な奴だ、今に悪事を重ねる事で有るか、何う致してもなア、医者を呼んで手当をして遣ろうが、中々の深傷《ふかで》で有るて、なれども確《しっ》かり致せよ、命数尽きざる中《うち》は何《ど》の様《よう》な深傷でも、数十ヶ所縫う様な傷でも決して死ぬものじゃアない、又万一療養相叶わずして相果《あいはて》る事があれば、後《あと》に残るは貴様の女房……二人が剣術も知らずに無暗《むやみ》に敵を討とうと思っても、水司又市は中々の遣《つか》い手だから容易に討てやせぬ、手前も仔細有って其の水司又市に逢わんければ成らぬ事が有るから、貴様が万一の事が有れば娘は自分の娘にして剣術も教え、貴様は己が過《あや》まって殺したのじゃに依って、後々《のち/\》愈々《いよ/\》又市を討つ時には己が力に成って助太刀をして討たせるが、何か貴様申置く事があらば遠慮なく云えよ」
山「はい有難う、有難う、私は不調法から貴方に斬られて死ぬのは決してお怨みとは存じませんが、只水司又市に一刀《ひとたち》も怨まぬのが残念でございます、私の親と申しまする者は、元は榊原藩で貴方も御同藩な
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