何と剛《つえ》い按摩取じゃアないか、是でお前《めえ》旦那も助かり、忰も助かったゞ、それからお前、誠に有難い、お礼の仕様がないと云う訳で、物も取られず、怪我もせず斯《こ》んな嬉しい事アないが、お前は何処なア按摩取だと云うと、私《わし》は是から五六町先の富川町《とみかわちょう》にいて按摩取を致します、旅へ出てる中《うち》に眼《まなこ》悪くて旅按摩に成りましたと云うから、何か礼をしたいもんだが何か欲しい物はないか、金を遣《や》りましょうと云うと、金は入りません難儀を救うは人間の当然《あたりまえ》で、私は何も欲しい物は有りませんが、富川町へ引越《ひきこ》してから家内が干物《ほしもの》をする処が無いに困ってる、私も草花が好《すき》だから草花でも植えて楽《たのし》みたいと思うそれには少し許《ばかり》の地面と井戸が欲しいと思って居りますと云うので、旦那は金持だから、それじゃア地面を買って遣ろうと云って、井戸も掘って[#「掘って」は底本では「堀って」]、茄子の二十本|許《ばかり》も植える様にして充《あて》がったゞが、何うも彼《あ》の按摩取は只の人でなえ、彼の泥坊を押える塩梅《あんばい》が只ではなえと思って旦那が聞いたら、元は侍だが仔細有って坊様に成りまして、それから私が眼《まなこ》潰れましたが、だん/\又宜く成りまして、只今では按摩取を致しますと云うから、何うも然《そ》うだんべえ、何でも只の人でなえと思ったッて、私《わし》もまア一寸《ちょっと》年始に行った時見たが立派な武士《さむらい》で、成程只の按摩取でなえ、黒の羽織を着て、短い木刀を差して、然《そ》うして按摩をしたり、針をしたり何かするって、針も中々えらいもんだって、大変に流行《はや》るだ、何でもその按摩の名は一徳《いっとく》とか何とか云ったっけ」
婆「はえーい元は侍だって、何様《どん》な人だえ」
百「うん、何とか云ったッけ忘れた、ん、ん何よ元は榊原様の家来で、一旦坊様に成ってまた還俗《げんぞく》したと云うが、何でもはア年は四十二三で立派な男だ」
婆「はえーい然《そ》うかなえ」
 と話をして居ると、部屋に居ったお繼が突然《いきなり》飛出して来まして、
繼「おじさんお出《い》でなさい只今承わりました、元は侍で、一旦出家に成りまして、また還俗致して按摩取に成ったと云うのは、名前は何と申しますか、その人の額に疵《きず》が有りますか」
百「はい……おや巡礼どんが出掛けて来た」
婆「なにこれア己《おら》が孫だよ」
百「へえ婆さま、斯《こ》んな孫が有ったかえ」
婆「少《ちい》さい時から他《わき》へ往ってたから、貴方《あんた》ア知んなえが」
百「そうかねえ……額に疵が有りますよ」
繼「じゃア年は何でございますか、四十ぐらいに成りますか」
百「えゝ然うさ、四十もう一二ぐらいであろうか」
繼「元は榊原の家来に相違有りませんか」
百「えゝ然ういう話だなえ」
 これを聞くと山之助が出て来て、
山「只今蔭で承まわりましたが、その男は顔に疵がございまして、もとは侍で、一旦出家いたして、その還俗した者というお話でございましたが、其の名前は水司又市と申しますか」
百「おや/\/\また巡礼どんが」
婆「是も己《おら》がの孫だよ」
百「婆さま、お前《めえ》はまアえらく孫が幾人《いくたり》も有るなア……然うだ、己《おら》アもう忘れたが、アんたア[#「アんたア」はママ]云う通りの名前だっけ、あんたア宜く知ってるなア」
繼「それだよお婆さん」
婆「まあ然うかえ」
繼「本当だよ、観音様の御利益は有難いもの、本当に豪《えら》いもんだねえ」
百「えゝそりゃア実に豪いもんで、もう少しで忰もぶち斬られる所だったが……後《あと》で泥坊をお調べになったら、一人は浪人者で極《ごく》悪い奴だ、何とか云った、元は櫻井の家来で、それからが化物《ばけもの》のような名前で、柳の木の幽霊、細い手の幽霊いや柳の木に天水桶《てんすいおけ》か、うんそうじゃない、浪人者は柳田典藏で、細い手と云うのは勇治とかいう胡麻の灰という事が分って、お処刑《しおき》に成ると云う話だ」
婆「……おいこれえ待て/\、これえ待たねえか、汝《われ》が二人駈出しても文吉が帰って来ないば、向うは泥坊を生捕《いけど》るくれえな又市だから、汝が駈《か》ん出してもか細い腕で遣りそこなっては成んねえが、これ/\待っちろ、文吉が帰ったら相談ぶって三人で往《い》けよ…」
 と云ったが敵に逃げられては成らぬと云うので富川町の斯々《これ/\》斯々と聞くや否や飛立つばかりの喜びで、是から直《す》ぐに巡礼の姿に成って、苞《つと》の中へ脇差を仕込み、是を小脇に抱え込んで飛出し、深川富川町の按摩の家《うち》へ、山之助お繼が飛込みまして、愈々《いよ/\》猿子橋の敵討に相成りますると云うお話になります。一寸《ちょっと
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