婆「おや誠にどうもお前《ま》はんにお気の毒でね」
又「婆ア此処《こゝ》へ来い、どうも貴公の家は余りと云えば不実ではないか、一度も小増は快く私《わし》が側に居《お》ったことはないぞ」
婆「何時《いつ》でも然《そ》う云って居《い》るので、生憎《あいにく》と流行《はやり》っ妓《こ》だからね、お前《ま》はん腹を立っては困りますよ、まことに間が悪いじゃアねえか、お前はんの来る時にゃアお客が落合ってさ、済まねえとお帰し申した後《あと》でお噂して、一層気を揉んで居《お》りますのさ」
又「そんな事は度々《たび/\》聞いたが、最早二度と再び来ないが、田舎者には彼《あ》アいう肌合《はだあい》な気象だから、肌は許さぬとかいう見識が有るから、お前が来ても迚《とて》も買通《かいとお》せぬから止せと親切に云ってくれても宜《よ》さそうなものだ、つべこべ/\馬鹿世辞を云って、此の後《のち》二度《ふたゝび》来ぬから宜いか、其の方達は余程不実な者だね、どうも」
婆「不実と云ったって私達《わっちたち》のどうこうと云う訳には往《い》きませんからさ、まことに自由にならないので」
藤助「へい、あのお妓《こ》さんは流行妓《はやりっこ》でございますから、お金で身体を縛ってしまいますから」
又「小増の身体を誰《たれ》か鎖で縛ると申すか」
婆「あれさ、小増さんに此方《こっち》で三十両出そうと云うと、彼方《あっち》で五十両出そうと云って張合ってするのだから、まことに仕様がございませんよ、流行妓てえなア辛いものでそれだから苦界《くがい》と云うので、察して気を長くお出でなさいよ」
又「成程是まで度々参っても振られる故、屋敷へ帰っても同役の者が…それ見やれ、迚《とて》も無駄じゃ、詰らぬから止せと云って大きに笑われ、迚も貴公などには買遂げられぬ駄目だと云われたが、金ずくで自由になる事なら誠に残念だから、幾ら遣《や》れば必らず私《わし》に靡《なび》くか」
婆「ねえ藤助どん、金ずくで自由になればと云うが……まアねえ其処《そこ》は義理ずくだからね、お金をまアねえ二拾両も遣って長襦袢でも買えと云えば、気の毒なと云って嬉しいと思って、又お前《ま》はんに前より情《じょう》の増す事が有るかも知れませんよ」
又「婆アの云う事は採《と》りあげられんが、藤助|確《しか》と請合うか」
藤「それは義理人情で、慥《たしか》にそれは是非小増さんがねえ」

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