戸詰に成りまして間がない事で、これまでお引立《ひきたて》を蒙《こうむ》りましたは、実は武田の重左衞門《じゅうざえもん》様の御恩でござります、そのお家の御二男様が御養子の約束になって居るものを、貴方が否《いや》と仰しゃれば何故《なにゆえ》に背《そむ》くと、夫《そ》れより事が顕《あら》われますれば、拙者は屋敷を逐出《おいだ》される事になります、私《わたくし》の身は仕方がない事でございますが、あなた様の御尊父にも済まぬ事で、何卒《どうぞ》是れまでお約束は致しましたが、何卒親御の意を背くは不孝なり、あなたも世間へ済まぬことになりますから、只今までの事は水にあそばして、何うかあなた武田から御養子をなすってください、実は只今まで私はお隠し申したが、国表を立出《たちい》でます時男子出産して今年二歳になります、国には妻子がございますので」
照「えゝ」
 と娘は驚きまして、じッと白島山平の顔を見て居りましたが、胸に迫ってわっとばかりに泣倒れました。
きん「あなた奥様があるの、おやお子さん方がお二人、まだ若いのに、おや然《そ》うでございますかねえ…お嬢さん白島様が御迷惑になりますから、お厭でもございましょうけれども、思い切って貴方、お厭でも御養子を遊ばせな、此の事が知れると物堅い旦那様だからきんもきんだ、長らく勤めて居ながら娘を二階で逢引をさせるとは不埓《ふらち》な女だと仰しゃって私《わたくし》が斬られるかも知れませんよ、ねえ彼《あ》ア云う御気象ですから、ねえ御養子をして置いて時々お逢い遊ばせよう、然うすりゃア知れやアしませんよ、あの釜浦《かまうら》様の御新造《ごしんぞ》様みたいな、彼アいう事もありますから、宜《よ》いじゃアありませんか、然う遊ばせよ」
山「誠に手前も夢の昔と諦めますから、申しお嬢様|嘸《さぞ》不実な者と思召《おぼしめ》すでござりましょうが、この白島山平を可愛相《かわいそう》と思召すなら、あなた親御様の仰しゃる通り武田から御養子をなすって下さい、只今も金の申す通り、お聴済《きゝず》みがなければ止むを得ず、手前どうも切腹でもしなければならん訳で」
きん「貴方ア切腹なさると仰しゃるし、お嬢様は自害などと困りますねえ……お嬢様何う遊ばしますよ」
照「はい、それ程白島様が御心配遊ばす事なれば致方《いたしかた》がありませんから、それにお国に奥様もお子様もある事は私《わたくし》は少
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