、何だ」
妻「まア其様《そんな》にお怒《おこ》り遊ばすな」
 と無理に手を取って娘の居間へ連れて行《ゆ》き、種々《いろ/\》言含めたが唯《たゞ》泣いて計《ばか》り居て返答を致しませんのは、屋敷|内《うち》の下役に白島山平《しろしまさんぺい》という二十六歳になります美男と疾《と》うから夫婦約束をして居りました。遠くして近きは恋の道でございます。逢引する処が別にございませんから、旧来|家《うち》に奉公を致して居りましたおきんと云う女中が、上野町《うえのまち》に団子屋をして居るので、此の家《うち》の二階で山平と出会いますので、是が心配でございますから、おきんの所へ手紙を出しますと、此方《こちら》はおきんが山平を呼出しまして、二階で三鉄輪《みつがなわ》で話をして居ります。
きん「どうも先達《せんだって》は有難うございます、貴方、あんな心配をなすっては困りますよ、お忙がしい処をお呼立て申しましたのは困った事が出来ましてね」
山「毎度厄介になりまして気の毒でのう、今日は急に人だから何事かと思って来たのだが、どう云うわけだえ」
きん「どう云うたって実に困りますよ、何うしたら宜《よ》かろうと存じまして、お照さまに御両親様から急に御養子を遊ばせと仰しゃるので、嬢様は否《いや》だと云って弁天様へ禁《た》ったと仰しゃったそうでござりますが、お父様が聴かぬので、一旦約束したから変替《へんがえ》は出来ぬと云うので、仕方がないから私《わたくし》は養子をする気はない、どんな事が有っても自分が約束したからは何処迄《どこまで》も強情を張る積りだが、お父様が腹を切るの何《なん》のと云うから、寧《いっ》そ身を投げて死んでしまおうと、小さいお子様の様な事を仰しゃるので困りますよ、何か云えば直《すぐ》に自害をするのなどと詰らん事を云うので困ります、私《わたくし》は思案に余りますから貴方をお呼び申したので」
山「ふう成程、そうして何方《どちら》から御養子を」
きん「お嬢様の仰しゃるには、白島様には云わぬ方が宜《よ》いと仰しゃいますが、あの武田重二郎様ね、それあの厭《いや》な気の詰るお方で、私も御奉公して居るうち見ましたが、偏屈な嫌《いや》に堅苦《かたっくる》しいね嫌な人で、実に困った訳でございますけれども、否《いや》と言切る訳にも往《ゆ》きませんから誠に心配していらっしゃいます」
山「お照さん……この山平は江
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