》四|面《めん》とは聞いてゐましたが、立派《りつぱ》なもんですな。近「さ此《こ》の段々《だん/″\》を昇《のぼ》るんだ。梅「へえ何《なん》だか何《ど》うも滅茶《めちや》でげすな……おゝ/\大層《たいさう》絵双紙《ゑざうし》が献《あが》つてゐますな。近「額《がく》だアな、此方《こつち》へお出《い》で、こゝで抹香《まつかう》を供《あげ》るんだ、是《これ》がお堂《だう》だよ。梅「へえゝ是《これ》が観音《くわんおん》さまで……これは何《なん》で。近「お賽銭箱《さいせんばこ》だ。梅「成程《なるほど》先刻《さつき》も薬師《やくし》さまで見ましたが、薬師《やくし》さまより観音《くわんおん》さまの方《はう》が工面《くめん》が宜《い》いと見えてお賽銭箱《さいせんばこ》が大きい……南無大慈大悲《なむだいじだいひ》の観世音菩薩《くわんぜおんぼさつ》、今日《こんにち》図《はか》らず両眼《りやうがん》明《あきら》かに相成《あひな》りましてございます、誠に有難《ありがた》き仕合《しあはせ》に存《ぞん》じます……。近「梅喜《ばいき》さん、此方《こつち》へお出《い》でよ。梅「へえ……こゝに大層《たいそう》人が立つてゐますな。近「なに彼《あ》りやア此方《こつち》の人が映《うつ》るんだ、向うに大きな姿見《すがたみ》が立つてゐるのさ。梅「此方《こつち》の人が向うへ……(前後《ぜんご》を見返《みかへ》り)え成程《なるほど》近江屋《あふみや》さん貴方《あなた》が向うに立つてゐますな、成程《なるほど》能《よ》く似《に》てゐますこと。近「似《に》てゐる筈《はず》よ、鏡《かゞみ》へ映《うつ》るんだから、並んで見えるだらう。梅「私《わたし》は何方《どれ》で。近「何方《どれ》だツて二人並んで居《ゐ》るだらう。梅「へえ……。首を動かし見て、「成程《なるほど》此方《こつち》で首を振《ふ》るやうに向うでも振《ふ》り、舌《した》を出せば彼方《あつち》でも出しますな。近「止《よ》しねえ、見《みつ》ともねえから。梅「ムヽウ私《わたし》は随分《ずゐぶん》好《い》い男《をとこ》ですな。近「ウン……。梅「私《わたし》は此《こ》の位《くらゐ》な器量《きりやう》を持《も》つてゐながら、家内《かない》は鎧橋《よろひばし》で味噌漉《みそこし》を提《さ》げて往《い》つた下婢《をんな》より悪いとは、ちよいと欝《ふさ》ぎますなア。近「其様《そん》なことを云《い》つたつて為《し》やうがない、さアこゝは奥山《おくやま》だ。梅「へえ……。ときよろ/\してゐる中に、近江屋《あふみや》の旦那《だんな》を見失《みはぐ》つてしまひました。梅「金兵衛《きんべゑ》さアん……近江屋《あふみや》さアん……。と大きな声《こゑ》を出して山中《やまぢう》呶鳴《どな》り歩きます中《うち》に、田圃《たんぼ》の出口《でぐち》の掛茶屋《かけぢやや》に腰を掛《か》けて居《ゐ》ました女《をんな》は芳町辺《よしちやうへん》の芸妓《げいしや》と見えて、お参《まゐ》りに来《き》たのだから余《あま》り好《よ》い装《なり》では有《あ》りません、南部《なんぶ》の藍《あゐ》の萬筋《まんすぢ》の小袖《こそで》に、黒縮緬《くろちりめん》の羽織《はおり》、唐繻子《たうじゆす》の帯《おび》を〆《し》め、小さい絹張《きぬばり》の蝙蝠傘《かうもりがさ》を傍《そば》に置き、後丸《あとまる》ののめり[#「のめり」に傍点]に本天《ほんてん》の鼻緒《はなを》のすがつた駒下駄《こまげた》を履《は》いた小粋《こいき》な婦人《ふじん》が、女「ちよいと梅喜《ばいき》さん、ちよいと。梅「へえへえ何処《どこ》ウ……(彼方《あちら》此方《こちら》を見廻《みまは》す)女「何《なん》だよう、私《わたし》が先刻《さつき》から見てゐると、お前《まへ》がこゝを往《い》つたり来《き》たりしてえるが、眼《め》が開《あ》いて居《ゐ》るから能《よ》く似《に》た人が有《あ》ると思《おも》つてゐたら、矢張《やつぱり》梅喜《ばいき》さんなんだよ、ま何《ど》うしたえ。梅「へえ、今日《けふ》眼《め》が開《あ》きました。女「眼《め》が開《あ》いたえ……だから馬鹿《ばか》には出来《でき》ないものだよ、本当《ほんたう》に神《かみ》さまの御利益《ごりやく》だよ、併《しか》しまア見違《みちが》へるやうな好《い》い男《をとこ》になつたよ。梅「へえ、あなたは何処《どこ》のお方《かた》で。女「いやだよ、大概《たいがい》声《こゑ》でも知れさうなもんだアね、小春《こはる》だよ。梅「え……小春姐《こはるねえ》さんで、成程《なるほど》……美《うつく》しいもんですなア。小春「いやだよ、大概《たいがい》におし。梅「へゝゝお初《はつ》にお目《め》に懸《かゝ》りました。小春「何《なん》だね、お初《はつ》ウなんて。梅「いえ、お顔を見るのはお初《はつ》ウで。
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