ことを云《い》つたつて為《し》やうがない、さアこゝは奥山《おくやま》だ。梅「へえ……。ときよろ/\してゐる中に、近江屋《あふみや》の旦那《だんな》を見失《みはぐ》つてしまひました。梅「金兵衛《きんべゑ》さアん……近江屋《あふみや》さアん……。と大きな声《こゑ》を出して山中《やまぢう》呶鳴《どな》り歩きます中《うち》に、田圃《たんぼ》の出口《でぐち》の掛茶屋《かけぢやや》に腰を掛《か》けて居《ゐ》ました女《をんな》は芳町辺《よしちやうへん》の芸妓《げいしや》と見えて、お参《まゐ》りに来《き》たのだから余《あま》り好《よ》い装《なり》では有《あ》りません、南部《なんぶ》の藍《あゐ》の萬筋《まんすぢ》の小袖《こそで》に、黒縮緬《くろちりめん》の羽織《はおり》、唐繻子《たうじゆす》の帯《おび》を〆《し》め、小さい絹張《きぬばり》の蝙蝠傘《かうもりがさ》を傍《そば》に置き、後丸《あとまる》ののめり[#「のめり」に傍点]に本天《ほんてん》の鼻緒《はなを》のすがつた駒下駄《こまげた》を履《は》いた小粋《こいき》な婦人《ふじん》が、女「ちよいと梅喜《ばいき》さん、ちよいと。梅「へえへえ何処《どこ》ウ……(彼方《あちら》此方《こちら》を見廻《みまは》す)女「何《なん》だよう、私《わたし》が先刻《さつき》から見てゐると、お前《まへ》がこゝを往《い》つたり来《き》たりしてえるが、眼《め》が開《あ》いて居《ゐ》るから能《よ》く似《に》た人が有《あ》ると思《おも》つてゐたら、矢張《やつぱり》梅喜《ばいき》さんなんだよ、ま何《ど》うしたえ。梅「へえ、今日《けふ》眼《め》が開《あ》きました。女「眼《め》が開《あ》いたえ……だから馬鹿《ばか》には出来《でき》ないものだよ、本当《ほんたう》に神《かみ》さまの御利益《ごりやく》だよ、併《しか》しまア見違《みちが》へるやうな好《い》い男《をとこ》になつたよ。梅「へえ、あなたは何処《どこ》のお方《かた》で。女「いやだよ、大概《たいがい》声《こゑ》でも知れさうなもんだアね、小春《こはる》だよ。梅「え……小春姐《こはるねえ》さんで、成程《なるほど》……美《うつく》しいもんですなア。小春「いやだよ、大概《たいがい》におし。梅「へゝゝお初《はつ》にお目《め》に懸《かゝ》りました。小春「何《なん》だね、お初《はつ》ウなんて。梅「いえ、お顔を見るのはお初《はつ》ウで。
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