》を貼《は》って、実印《じついん》を捺《お》し、ほッ/\/\と息をつき、
丈「臨終《りんじゅう》の願いに清次殿、お媒人《なこうど》となって、おいさと重二郎どのに婚礼の三々九度、此所《こゝ》で」
 と云う声もだん/\と細くなりますゆえ、二人も不憫《ふびん》に思い、蔵前《くらまえ》の座敷に有合《ありあ》う違棚《ちがいだな》の葡萄酒《ぶどうしゅ》とコップを取出して、両人《ふたり》の前へ差出《さしだ》せば、涙ながらにおいさが飲んで重二郎へ献《さ》しまするを見て、丈助は悦《よろこ》び、にやりと笑いながら。
丈「跡方《あとかた》は清次どのお頼み申す早く此の場をお引取《ひきと》りなされ」
 と云いつゝ短刀を右手の肋《あばら》へ引き廻せば、おいさは取付《とりつ》き嘆《なげ》きましたが、丈助は立派に咽喉《のど》を掻切《かきき》り、相果てました。それより早々《そう/\》其の筋へ届けますと、証書もありますから、跡方《あとかた》は障《さわ》りなく春見の身代は清水重二郎所有となり、前橋竪町の清水の家を起しましたゆえ、母は悦《よろこ》びて眼病も全快致しましたは、皆《み》な天民の作の観音と薬師如来の利益《りやく》であろうと、親子三人夢に夢を見たような心地《こゝち》で、其の悦び一方《ひとかた》ならず、おいさを表向《おもてむき》に重二郎の嫁に致し、江戸屋の清次とは親類の縁《えん》を結ぶため、重二郎の姉おまきを嫁に遣《や》って、鉄砲洲新湊町へ材木|店《みせ》を開《ひら》かせ、両家ともに富み栄え、目出たい事のみ打続《うちつゞ》きましたが、是というも重二郎|同胞《はらから》が孝行の徳により、天が清次の如き義気《ぎき》ある人を導いて助けしめ、遂《つい》に悪人|亡《ほろ》びて善人栄えると申す段切《だんぎり》に至りましたので、聊《いさゝ》か勧善懲悪の趣意にも叶《かな》いましょうと存じ、長らく弁じまして、嘸《さぞ》かし御退屈でござりましたろうが、此の埋合《うめあわ》せには、又其の内に極《ごく》面白いお話をお聞《きゝ》に入れる積《つも》りでござりますれば、相変らず御贔屓《ごひいき》を願い上げます。

(拠若林※[#「※」は「王へん+甘」、読みは「かん」、第4水準2−80−65、590−6]藏、伊藤新太郎筆記)[#地付き、地より1字アキ]



底本:「圓朝全集 巻の九」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1964(昭和39)年2月10日発行
底本の親本:「圓朝全集 巻の九」春陽堂
   1927(昭和2)年8月12日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼《あ》の」と「彼《あの》」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
入力:小林 繁雄
校正:かとうかおり
2001年1月8日公開
青空文庫作成ファイル:
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