程又作が箱の中へ入れて隠した書付が、万一《ひょっ》として彼《か》の三千円の預り証書ではないか、それに就《つい》ては何卒《どうか》消されるものなら長家の者の手を仮《か》りて消し止めたいと思い、取って返して突然《いきなり》又作の家《うち》を明けると、火はぽッ/\と燃上《もえあが》りまして火の手が強く、柱に縛付《しばりつ》けてあった細引《ほそびき》へ火が付きますと、素《もと》より年数の経《た》って性《しょう》のぬけた細引でございますから、焼け切れますると、彼《か》の箱が一つ竈《べっつい》へ当り、其の機《はず》みに路地へ転げ落ちましたから、清次はいや是だと手早く其の箱を抱えて、
清「竹え、長家から火事が出た、消せ/\」
と云って呶鳴《どな》りましたから、長家の者が出てまいり揉み消しましたから、火事は漸々《よう/\》隣りの明家《あきや》へ付いたばかりで消えましたが、又作は真黒焦《まっくろこげ》になってしまいましたけれども、誰《たれ》あって春見丈助が火を放《つ》けたとは思いませんので、どうも食倒《くらいたお》れの奴を長家へ置くのが悪いのだ、大方《おおかた》又作は食《くら》い酔ってらんぷを顛倒《ひっくりけえ》したのだろう、まア仕方がないと云うので、届ける所へ届けて事済《ことず》みに成りました。左様《そん》な事と存じませんのは、親に似ません娘のおいさで、十二歳の時に清水助右衞門が三千円持って来た時、親父《おやじ》が助右衞門を殺して其の金を奪取《うばいと》り、それから取付《とりつ》いてこれだけになったのは存じて居りますし、また助右衞門の家《うち》は其の金を失ってから微禄《びろく》いたして、今は裏家住《うらやずま》いするようになったが、可愛相《かあいそう》にと敵同志《かたきどうし》でございますが、重二郎と言い交《かわ》せましたのは、悪縁で、おいさは何うかお母《っか》さんの眼が癒《なお》ればいゝがと、薬師様へ願掛《がんがけ[#底本では「け」が脱落]》をして居ります。丁度十一日の事で、娘は家《うち》を脱《ぬ》け出して日暮方《ひぐれがた》からお参りに往《ゆ》きました。此方《こちら》では重二郎が約束はしませんが、おいさが一の日《ひ》は内の首尾が出《で》いゝと云ったこともあるし、今日往ったら娘に逢えようかと思って、薬師様へまいり、お百度を踏んで居りますと、お兼という春見の女中が出てまいりまして、まア此方《こちら》へと云うので、宮松の二階へ連れて往って。
兼「誠に今日はお目にかゝれるだろうと思って来ましたが、お間《ま》が宜《よ》くって、ねえお嬢様」
重「今日は私《わし》も少しお目にかゝりたいと思っていましたが、少し長屋に騒動があって、どうも」
兼「そうですって、あなたのお長屋から火事が出ましたって、お嬢さんも御心配なさいますから、あの御近所へ出て様子を聞きましたが、それでもマア直《すぐ》に消えましたって、大《おお》きに安心しましたよ」
重「あの私《わし》も少しお話がしたい事がありますがあんたのお名は何《なん》とか申しましたっけねえ」
兼「はい私《わたくし》はかねと申しますので」
重「どうかお嬢様に少しお話がありますから、あなたは少し此処《こゝ》へお出《い》でなさらねえように願いたいもので」
兼「今度は貴方《あなた》の方からそう仰《おっ》しゃいますように成りましたねえ、今度は二百度を踏んで来ますよ」
と云いながら出て往《ゆ》きますと、後《あと》は両人が差向《さしむか》いで
いさ「誠に此の間《あいだ》は失礼をいたしました、お母様《っかさま》のお眼は如何《いかゞ》でございます」
重「此間《こないだ》貰った十円の金と指環《ゆびわ》はあなたへお返し申しますから、お受け取りなすって下さいまし」
い「あれ、折角お母様《っかさま》に上げたいと思って上げたのに、お返しなさるって、そうして指環も返そうと仰《おっ》しゃるのは、貴方《あなた》お気に入らないのでございますか」
重「此間《こないだ》も云う通り、釣合《つりあ》わぬは不縁《ふえん》の元《もと》、零落果《おちぶれは》てた此の重二郎、が貴方《あなた》と釣合うような身代になるのはいつの事だか知れません、あなたがそれまで亭主を持たずには居《お》られますめえし、私《わし》だっても年頃になれば女房《にょうぼ》を持たねえ訳にはいきません、此間《こないだ》あんたが嬉しい事を云ったから女房にしようと約束はしたが、まだ同衾《ひとつね》をしねえのが仕合《しあわ》せだから、どうか貴方《あんた》はいゝ所から婿を取って夫婦|中《なか》よくお暮しなすって、私《わし》が事はふッつりと思い切って下さらないと困る事がありますから、何卒《どうか》思い切って下さい、よう/\」
い「はい/\」
と云って重二郎の顔を見詰めて居りましたが、ぽろりと膝へ泪《なみだ
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