々月お出でなすって、春見屋へ宿をお取んなすったようで」
重「宅《うち》へもそう云って出たのだが、余《あんま》り音信《おとずれ》がないから何処《どこ》へ往ったかと思っているんだよ」
文「なに春見屋で来《こ》ねえって、そんな事はありやせん、前々月《せん/\げつ》の二日の日暮方《ひくれかた》、私《わっち》は海老床《えびどこ》という西洋床を持って居りますが、其処《そこ》へ旦那がお出《い》でなすったから、久し振でお目にかゝり、何処《どこ》へお宿をお取りなさいましたと云うと、春見屋へ宿を取り、買出しをしに来たと仰しゃるから、それはとんでもない事をなすった、あれは身代限《しんだいかぎり》になり掛っていてお客の金などを使い込み、太《ふて》い奴でございます、大きな野台骨《やたいぼね》を張っては居りますが、月給を払わないもんだから奉公人も追々《おい/\》減ってしまい、蕎麦屋でも、魚屋でも勘定をしねえから寄附《よりつ》く者はねえので、とんだ所へお泊りなすったと云うと、旦那が権幕《けんまく》を変えて、駈け出してお出《い》でなさったが、それ切りお帰りなさらないかえ」
重「国を出た切り帰《けえ》らねえから心配《しんぺい》して来たのだよ」
文「それは変だ、私《わし》が証拠人だ、春見屋へ往って掛合ってあげやしょう旦那は来たに違いねえんだ、春見屋は此の頃様子が直り、滅法景気が宜《よ》くなったのは変だ」
重「文吉、汝《われ》一緒に往って、確《しっか》り掛合ってくれ」
文「さアお出《い》でなさい」
 と親切者でございますゆえ、先に立って春見屋へ参り。
文「此間《こないだ》は暫《しばら》く、あの清水の旦那が此方《こちら》へ泊ったのは私《わっち》が慥《たし》かに知ってるが、先刻《さっき》此の若旦那が尋ねて来たら、来《こ》ねえと云ったそうだから、また来やしたが、此の文吉が証拠人だ、なんでも旦那は入らしったに違いないから、お取次を願います」
女「はい一寸《ちょっと》承って見ましょう」
 と奥へまいり、此の事を申すと、春見はぎっくり胸に当りましたが、素知らぬ顔にもてなして、此方《こっち》へと云うので、女中が出てまいり、
女「まア、お通りなさいまし」
 と云うから、文吉が先に立ち、重二郎を連れて奥へ通りました。
丈「さア/\此方《こちら》へお這入《はい》り」
重「誠に久しくお目にかゝりませんでございました」
丈「ど
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