い、番頭の仮色《こわいろ》を遣《つか》って金を預けさせるようにした手際《てぎわ》は」
 まア愉快というので、お酒を喫《た》べて居りますとは清水助右衞門は少しも存じませんから、四角《よつかど》へまいりまして見ると、西洋床というのは玻璃張《がらすばり》の障子《しょうじ》が有って、前に有平《あるへい》のような棒が立って居りまして、前には知らない人がお宮と間違えてお賽銭《さいせん》を上げて拝みましたそうでございます。助右衞門は成程有平の看板がある、是だなと思い、
助「御免なさいまし、/\、/\、此処《こちら》が髪結床《かみゆいどこ》かね」
 中床《なかどこ》さんが髭《ひげ》を抜いて居りましたが、
床「何《なん》ですえ、広小路《ひろこうじ》の方へ往《ゆ》くのなら右へお出《い》でなさい」
助「髪結床は此方《こちら》でがんすか」
床「両国の電信局かね」
助「こゝは、髪結う所か」
 と云っても玻璃障子《がらすしょうじ》で聞えません。
床「何ですえ」
助「髪を結って貰いたえもんだ」
床「へいお入《はい》んなさい、表の障子を明けて」
助「はい御免、大《でけ》い鏡だなア、髪結うかねえ」
床「此方《こちら》は西洋床ですから旧弊頭《きゅうへいあたま》は遣《や》りません…おや、あなたは前橋の旦那ですねえ」
助「誰だ、何うして私《わし》を知っているだ」
床「私《わっし》やア廻りに歩いた文吉《ぶんきち》でございます」
助「おゝそうか、文吉か、見違《みちがえ》るように成った、もうどうも成らなかったが辛抱するか」
文「大辛抱《おおしんぼう》でございます旦那どうもねえ、前橋にいる時には道楽をして、若い衆の中へ入って悪いことをしたり何かして御苦労を掛けましたから、書ければ一寸《ちょっと》郵便の一本も出すんでげすが、何うも人を頼みに往《ゆ》くのもきまりが悪くて、存じながら御無沙汰をしました、宜《よ》く出てお出《い》でなすった、東京見物ですかえ」
助「なアに、当時は己《おれ》も損をして商売替《しょうべいげえ》をしべいと思って、唐物《とうぶつ》を買出しに来たゞが、馴染《なじみ》が少ないから横浜へ往って些《ちっ》とべい[#「些《ちっ》とべい」は底本では「些《ちっ》っとべい」]買出しをしべいと思って東京でも仕入れようと思って出て来た」
文「へい、商売替《しょうばいがい》ですか、洋物《ようぶつ》は宜《よ》うがすねえ、
前へ 次へ
全76ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング