ぐび/\酒を呑んで居ます中《うち》に、追々|夜《よ》が更《ふ》けてまいりますと、地主の家《うち》の時計がじゃ/\ちんちんと鳴るのは最早《もはや》十二時でございます。此の長家《ながや》は稼《かせ》ぎ人《にん》が多いゆえ、昼間の疲れで何処《どこ》も彼《か》もぐっすり寝入り、一際《ひときわ》寂《しん》といたしました。すると路地を入《は》いって、溝板《どぶいた》の上を抜け足で渡って来る駒下駄《こまげた》の音がして又作の前に立ち止り、小声で、
男「又作明けても宜《い》いか」
又「やア入りたまえ、速《すみや》かに明けたまえ、明くよ」
男「大きな声だなア」
と云いながら、漸《ようや》く上総戸《かずさど》を明け、跡を締め。
男「締りを仕ようか」
又「別に締りはない、たゞ栓張棒《しんばりぼう》が有るばかりだが、泥坊の入る心配もない、此《かく》の如き体裁《ていさい》だが、どうだ」
男「随分|穢《きたな》いなア[#底本では「穢《きた》いなア」]」
又「実に貧窮然《ひんきゅうぜん》たる有様《ありさま》だて」
男「大《おお》きに遅参《ちさん》したよ」
又「今日君が来なければ、些《ち》としょむずかしい[#「しょむずかしい」に傍点]事を云おうと思っていた」
春「大きな声だなア、隣へ聞えるぜ」
又「両隣は明店《あきだな》で、あとは皆|稼《かせ》ぎ人《にん》ばかりだから、十時を打つと直《じ》きに寝るものばかりだから、安心してまア一杯|遣《や》りたまえ、寒い時分だから」
春「さア約束の千円は君に渡すが、どうか此の金で取附《とりつ》いてどんな商法でも開《ひら》きなさい、共に力に成ろうから、何《なん》でも身体を働いて遣《や》らなくっちゃアいけんぜ[#底本では「いけんせ」と誤記]、君は怠惰者《なまけもの》だからいかん、運動にもなるから働きなさい、酒ばかり飲んでいてはいかんぜ、何でも身を粉《こ》に砕《くだ》いて取附かんではいかん」
又「それは素《もと》よりだ、何時《いつ》まで斯《こ》うやって鍋焼饂飩《なべやきうどん》を売ってゝも感心しないが、これでも些《ちっ》とは資本《もとで》が入《い》るねえ、古道具屋へ往って、黒い土の混炉《こんろ》が二つ、行平鍋《ゆきひらなべ》が六つ、泥の鍋さ、是は八丁堀の神谷通《かみやどお》りの角の瀬戸物屋で買うと廉《やす》いよ、四銭五厘ずつで六つ売りやす、それから中段《ちゅうだん》の
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