まし、どうぞ/\此方へ」
重「此間《こないだ》は私《わし》お宅《たく》へ出やした時、あなたが可愛相《かわいそう》だと云って金をお恵み下され、早速《さっそく》お返し申そうと思いましたが、いまだにお返《けえ》し申す時節がまいりません、どうか遅くも押詰《おしつま》りまでには御返金致します心持ちで、お礼にも出ませんでした」
い「此間《こないだ》は折角お出《い》で遊ばしましたが、父はあの通り無愛相《ぶあいそう》ものですからお前さんにお気の毒な、まア素気《そっけ》ない事を申しましたから嘸《さぞ》お腹が立ちましたろうと、実は蔭《かげ》でお案じ申して居りましたが、今日は貴方《あなた》が薬師様へお参りに入《いら》っしゃるという事を聞きましたから、兼《かね》と二人で、のう兼」
兼「本当でございますよ。お嬢様が貴方のことを案じて、何《ど》うかして何処《どこ》かでお目にかゝりたいもんだが、何うしたら宜《よ》かろうかといろ/\私にお聞きなさいますから、私も困りましたが、貴方のお宅の近所で聞いたら、貴方は間《ま》さえあれば薬師様へお参りにいらっしゃるとの事ゆえ、今日は貴方のお参りにいらっしゃるお姿をちらりと見ましたから、駈けて帰り、宅《うち》の方は宜《よ》いようにして、お嬢様と一緒に先刻から此処《こゝ》にまいって待って居りましたが、本当に宜くいらっしゃいました、嬢さまが頻《しき》りに心配なすっていらっしゃいますよ」
い「兼や、あの御膳《ごぜん》を」
 と云えば、おかねはまめまめしく。
兼「あなたお急ぎでございましょうが、嬢さまが一《ひ》と口《くち》上げて、御膳を上げたいと仰《おっ》しゃいますから」
重「私《わしゃ》アお飯《まんま》はいけません、お母《ふくろ》が待って居ますから直《す》ぐに帰《けえ》ります」
兼「なんでございますねえ、本当にお堅いねえ、嬢様が余程《よっぽど》なんしていらっしゃいますのに、貴方お何歳《いくつ》でいらっしゃいますえ」
重「私《わしゃ》ア二十三でございます」
か「本当に御孝行ですねえ、嬢様は貴方の事ばかり云っていらっしゃいますよ、そうして嬢様はひとさわがしいがや/\した事はお嫌いで、余所《よそ》の姉《ねえ》さん達のように俳優《やくしゃ》を大騒ぎやったりする事はお嫌いで、貴方の事ばかり云っていらっしゃいますから、本当に貴方、嬢様を可愛《かわい》そうだと思って、お参りにお出
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