お父さん今日は……えへゝゝ、いえ何う致しやしてどうせ序が有りやすから、何《な》んでげすねお筆さんは親孝行でお前|様《さん》はお仕合せで本当に御運が好いんで、えへゝゝ」
 孫「なに然《そ》うでも有りませんのさ」
 勘「此んな好い子を持ったのは貴方の御運が宜《い》いのでさア」
 孫「なに運が善《よ》い事も有りアしません、今じゃア腰が脱《ぬ》けて仕舞って何《なん》の役にも立たなく成ってますから、併《しか》し毎度有難うございます、娘《これ》一人で何事も手廻りません処を貴方が水を汲んで下さったり、其の上御親切に姐さんが又度々気を注《つ》けて下物《おかず》を下さり、誠に有難う存じますお蔭で親子の者が助かります、貴方姐さんに宜しく仰しゃって下さいまし」
 勘「じゃア姉さん汲んで上げよう」
 と井戸端へ行って水を手桶に三杯も汲んで遣りました。
 筆「ちょいと/\勘次さん少し待って下さい」
 勘「え何《なん》です」
 筆「少し上げたいものが有りますから、手拭の貰ったのがあるんです」
 勘「又手拭をかえ……此の間も貰ったのに…」
 筆「いえ詰らんのですが持って行って下さいよ」
 是から千代紙で張《はっ》て有る可笑《おかし》な箱の蓋を取って、中から手拭を出そうとする時、巾着の紐が指に引懸って横になるとパラ/\/\と中から金子《かね》が散乱《ちらばっ》たから慌てゝお筆が之を隠し手拭を一筋《ひとつ》に一朱銀を一個《ひとつ》出して、
 筆「誠に少し許《ばか》りでございますけれども、毎度御厄介に成りますから」
 勘「何う致しまして、是は何うも、えへゝゝ何うもお気の毒で、誠に有難う」
 と礼を云いながら心の中《うち》で大層|金子《かね》を持《もっ》て居やアがると斯《こ》う思いました。口々に分けては有りますが下へ落ちたが二十両許りザラ/\/\と云うのを慾張た眼で見ると五六十両も有ろうと思いました「此奴《こいつ》ア成程姐さんの云う通り何《なん》でも彼奴《あいつ》は良《い》い旦那どりをしてこっそり金を呉れる奴が有るに違《ちげ》えねえ、彼様《あん》なけちな千代紙で貼った糸屑を入れて置く箱ん中の巾着からザクリと金が出るんだからね」と此の勘次と云う奴は流山《ながれやま》無宿《むしゅく》の悪漢《わるいやつ》でございますから、心の中《うち》で親父は病気疲れで能く眠るだろうし、娘も看病疲れで寝るだろうし、能く寝付いた処へ忍込んであの金子《かね》さえ取れば、又西河岸の桔梗屋《ききょうや》へ行って繁岡《しげおか》の顔でも見て楽しむ事が出来るという謀叛《むほん》が起り、其の夜《よ》深更に及んでお筆の家《うち》の水口を開け忍込んで見ると親子とも能く寝付いて居る様子、勘次は素《もと》より勝手を知って居りますから、例の千代紙で貼った針箱同様の糸屑の這入って居る箱の中から巾着を盗み出し、戸外《そと》へ出ると直《すぐ》に駕籠に乗って飛ばして廓内《なか》へ這入り西河岸の桔梗屋という遊女屋へあがりました。
 勘「久しく様子が悪かったので来なかった」
 馴染の娼妓か、
 △「おや鼬《いたち》の道や」
 勘「なにー篦棒めえ、鼬の道だって、あのなア繁岡さんと喜瀬川《きせがわ》さんを呼んで呉んな、揚女郎てえ訳ではねえが、私《わっち》は少し義理が有るから、旨《うめ》え物を沢山《たんと》食《あが》れ、なにー、愚図/\云うな、大台《おおでえ》を……大台をよ、内芸者《うちげいしゃ》を二人揚げて呉んな」
 と金の遣い振りが暴《あら》い。
 亭主「勘次さんは大層金の遣い振りが暴いじゃアねえかのう、喜助」
 喜「へえ、何《なん》だか博奕《ばくち》に勝ったと被仰《おっしゃ》います」
 と聞いて内証では何《ど》うも様子が訝《おか》しい、知ってる人だから朝勘定でも宜《い》いんだが、金の遣振りが訝しいから宵勘定に下げて貰え。と下《さが》った金を見ますると三星《みつぼし》の刻印が打って有る、是は予《かね》て巡達《じゅんたつ》に成って居《お》る処の不正金でございますから、
 亭主「是は打棄《うっちゃっ》ちゃア置《おか》れない、直《す》ぐに……」
 と云うので、是から其の頃の御用聞を呼びまして此の事を話すと石子伴作《いしこばんさく》様と云う定巡《じょうまわ》りの旦那が、
 伴「夫《それ》は手附かずに出すが宜《い》い」
 と云うので、二日|流連《いつゞけ》をさせて緩《ゆっ》くり遊興をさせ、充分金を遣わせて御用聞と話合いの上で、ズッと出る処を大門|外《そと》で、
 ○「御用」
 勘「ハッ……」
 と云って恟《びっく》りする、大抵な者は御用聞が御用と云う声を掛けるとペタペタとなるといいます。直《すぐ》に縛られて田町の番屋へ引かれる、仕様の無いものでございます。
 ○「勘次|汝《てめえ》の身分にしちゃア金遣いが滅法に暴《あら》えが、桔梗屋で使用《つかっ》た金はありゃア何処《どこ》から持って来た金だ」
 勘「むゝ、彼《あれ》ア、…バ……」
 伴「何を愚図/\言って居やアがるんだえ」
 勘「へい、何《な》んで、賭博《ばくち》に勝ちましたので」
 伴「なにー、博賭《ばくち》に勝ったと、馬鹿ア云え、汝《てめえ》の様なケチな一文賭博をする奴が古金《こきん》で授受《とりやり》をするかえ、有体《ありてい》に申上げろ」
 勘「マ、全く博賭に勝ったに違《ちげ》えござえません」
 伴「何処《どこ》の博賭場で勝ったんだ」
 勘「ムヽ、カ、カ、神田の牧《まき》様の部屋で何《な》んしまして、小川町《おがわまち》の土屋《つちや》の……」
 伴「黙れ、尋常に申し上げろい、幾ら隠したって役にア立たねえから、何処で盗んだか云えよ」
 勘「いえ全く其のカ、カ、勝ったんで」
 伴[#「伴」は底本では「勘」と誤記]「これ勘次、汝《てめえ》其様《そん》な事を愚図/\云ったって役にゃア立たねえ早く云っちめえ」
 勘「いえ……その…全く勝ったんで」
 伴「云わねえな、何うしても此奴《こいつ》ア云わねえから打《ぶ》て/\」
 ○「お慈悲深い旦那だから本当の事を喋って其の上でお慈悲を願え、お前《めえ》だって万更《まんざら》素人《しろうと》じゃアなし、好《い》い道楽者じゃアねえか」
 伴「ええや、しめろ/\」
 とピシーリ/\叩かれるから直《すぐ》に口が開《あ》いて、実は五斗兵衞市の処に食客《いそうろう》に居る中《うち》に裏に小間物屋孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]と云う者が居て、孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]の娘のお筆が私に礼をすると云って巾着をすべらし、金の出たのを見て不図した出来心から全く盗んだに相違ございません。と白状を致しましたから直に京橋鍛冶町の小間物屋孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]方へ踏込《ふみこみ》娘お筆が縄に掛って引かれたは何《なん》とも云えぬ災難でございます。何《ど》う云う事やら訳が分らず腰の抜けて居る孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]は大屋さん何う云うもんで。と泣いて許《ばか》り居りますから長屋の者が来ては色々に賺《なだ》めますけれども中々愚痴が止みません。五斗兵衞市の姐御は気の毒でなりませんから、
 ○「私の処へ無頼《やくざ》な食客《いそうろう》を置いたばかりで斯《こ》う云う事に成ったんだが、決してお筆さんに其様《そん》な理由《わけ》はない不正金だというが」
 孫「イエ金子《かね》などが宅《うち》に有る気遣いは有りません、何う云う災難ですか、大屋さんお筆を返して下さいませんと私《わたくし》は小便に行《ゆ》く事もお飯《まんま》を喰う事も出来ません、お願いでございますから」
 とワイ/\泣《ない》て居ったのは然《さ》もあるべき事でございます。

        八[#「八」は底本では「七」と誤記]

 扨《さて》お筆を段々調べて見ますと、親父が大病で商売も出来ず、衣類道具も売尽《うりつく》して仕様のない所から、毎晩柳番屋の蔭へ袖乞に出て居りますると、これ/\斯《こ》う云うお武士《さむらい》が可哀想だと仰しゃって紙に包んで下さいましたのを、お鳥目《あし》かと存じて宅《たく》へ帰り開けて見ると金子《きんす》でございました、親に御飯を喰べさせる事も出来ん様な難渋な中ゆえ、遂《つい》大屋さんに黙って使いました段は誠に恐入りますという所が、口不調法ではございますが、曲淵甲斐守様が一目見れば孝心な者で有るか無いかはお分りにも成りましょう、殊に勘次の申立《もうしたて》と符合致して居りますから遉《さすが》の名奉行にも少し分り兼《かね》ました。
 甲「全く其の侍に貰ったに相違有るまいが、是は芝|赤羽根《あかばね》の勝手ヶ原の中根兵藏《なかねひょうぞう》という家持《いえもち》町人の所へ忍入り家尻《やじり》を切って盗取《ぬすみと》った八百両の内の古金で、皆此の通り三星の刻印の有る古金で有るに依《よっ》て、其方《そち》が唯貰ったでは言訳が立たぬ、全く親の為めに其方は其の日に困るに依て一時凌《いちじしの》ぎに使い、翌日|町役人《ちょうやくにん》とも相談の上訴え出ようと思う折柄、勘次に盗取られたに相違有るまいな」
 と云うお慈悲のお言葉。
 筆「へえ恐入りました、夫《それ》に相違ございません」
 甲「うむ、吟味中|入牢《じゅろう》申し付ける」
 とピッタリ入牢と相成りました。さア何《ど》うも近所では大騒ぎ、寄ると集《さわ》ると此のお筆の評判ばかりでございます、或る人は頻《しき》りに不承知を唱えまして何しろお上《かみ》はお慈悲だってえが大違いだ、彼様《あん》な親孝行な娘を引張ってって牢へ入れちまって、金を呉れた奴が盗人《ぬすびと》だか、武家だてえが何うしたんだか訳が分らねえ、物を人に呉れるなら名でも明して呉れるが宜《い》いんだ、何うしてお筆さんが泥坊などをする様な娘《こ》でない事は誰でも知ってる、夫《それ》に此様《こん》な事になるというのは私《わし》には些《ちっ》とも訳が分らねえ、お上は盲目《めくら》だ。というと又一人が、
 △「其様《そん》な事を云うなよ/\」
 と近所では色々噂をして居る。吉原帰りは田町の蛤《はまぐり》へ行って一盃《いっぱい》やろうと皆其の家《うち》へ参ります。
 ×「もう是で飯を喰おう」
 △「もう一本やろう」
 ×「余《あんま》り遅《おそく》なるから、丁場《ちょうば》の仕事がよ」
 △「丁場へは兼《かね》が先に行ってるからもう一本やろう」
 ×「兄いは酔っちまってる、グッと思切って続けてやんなもう充分酔ってるから飯を喰おうじゃアねえか」
 △「宜《い》いからもう一本|交際《つきあ》いねえな、汝《てめえ》が二猪口《ふたちょこ》ばかりアイをすれば、残余《あと》は皆《みんな》己が飲んで仕舞わア…長い浮世に短い命だ…人は…篦棒めえ正直にしたってしなくたって同じ事だ京橋鍛冶町の小間物屋のお筆さんの事を見ても知れたもんだ」
 ×「兄い彼《あれ》を云いなさんなよ、余《あんま》りパッパと云って捕《つか》まって困った者が有るから」
 △「困ったって癪に障らア、余り理由《わけ》が分らねえじゃアねえか、親父が病気で困ってるから毎晩数寄屋河岸の柳番屋の蔭へ袖乞に出て居る処へ通り掛った武家《さむらい》が金を呉れたんだてえが、其の位の親切が有るならよ、己は何処《どこ》の何う云う武家《ぶけ》で若《も》し咎められた時にゃア己が遣ったと云えって名前でも明《あか》して置《おけ》ば宜《い》いのに、無闇に金を呉れやアがったって、情《なさけ》にも何もなりアしねえ、あの何《なん》とか云ったっけ巴《ともえ》の紋じゃアねえ、三星とか何とか云う印《いん》が押して有る古金《かね》を八百両|何家《どこ》かで家尻を切って盗んだ泥坊が廻り廻って来てそれでまア、彼《あ》の親孝行な…」
 ×「おい/\悪いよ、其様《そん》な事を云って京橋|辺《あたり》でも係合《かゝりあい》に成ったものが有るから止しなよ」
 △「だってよ、お上では親孝行の者に御褒美を呉れて、親に不孝をする奴は磔刑《はりつけ》に上げるてえじゃアねえか、其の親孝行の者を牢ん中へ
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